目を覚ましてもあの姿を見る事はない。
もう、二度と。
永遠に、ない。
紅い紅いあの天使は白く白く粒子になって消え去ったのだから。
天使を飼い慣らす方法
episode8 天使を飼い慣らす方法
あれから数ヶ月。
居れば居ればで面倒だったあの天使。
居なくなれば何もないこの空間は詰まらないものだった。
あれが現れてからの十日間。
付き纏っていた天使に何だかんだ構っていてばかりだった。
そのせいか一人になったこの空間で以前まで自分が何をしていたから判らない。
世間知らずで馬鹿だから何をするか判らないし目を離せなかった。
「今更、ね」
独り言は静寂が保たれたこの空間に酷く響いた。
声が返って来ないというのは何と虚しい事なのだろう。
自分でそう思ってふと気付く、寂しいのだろうかと。
気付いては居なかったが何だかんだ言って自分も天使と過ごす破天荒な日々を楽しんでいた。
心の奥底で。
気が合うというか何というか自分に似た物を持っていてそれでいて違う酷似した存在。
気付かぬ内にそれが永遠に続くと思っていたから大切だと気付かなかった。
恋だとか愛だとかじゃなく。
それだけで言い表せない繋がりを互いに感じていた。
だから、あの天使は自分を庇ったのだろうか?
その辺は今となってはよく判らない。
だけど、ただ、無くなったあの存在が如何に大切だったのかそれだけは理解出来た。
「本当、今更ね」
人間とはいつも失くしてから気付くのだと何かの書物で呼んだ事があるが本当だったらしい。
自嘲めいた笑みを浮かべて立ち上がる。
部屋に居てもやる事がないのなら古書屋にでも行こうかと思ったのだ。
書物を読み漁っている間は無駄な事を考えずに済む。
そして、扉のノブに手を掛けた瞬間。
「うひゃああああっ!?」
「!?」
先程までいたベッドの上に何かが落下するボスっと言う音と女の悲鳴が聞えた。
驚き目を見開きながら勢いよく振り返ると真っ白なベッドの上に何かが居る。
空中には黒い羽根が舞い踊っている。
それはベッドの上に居る人物が舞い散らしたものだとすぐ解った。
丸見えになっている背から生えるオニキスの様に輝く漆黒の十翼が確認出来たからだ。
一体何なのだと驚きで声を掛ける事も忘れてそれに近付く。
落ち着きを取り戻し、それをよくよくと見ると見慣れた紅い髪。
「まさか・・・」
紅い髪の女。
そんな珍しい知り合いは一人しかいない。
翼の色が違うから一瞬不安に思い、確かめる様にその人物の名を呼ぶ。
「、か?」
「ててて・・・あ、どうもお久しぶりです」
呼び掛ける声に応じる様に身を起こし、振り返ると何とも気の抜けた軽い返答。
思わず怒りのボルテージが上がり、拳を振り降ろした。
すると、はするりとそれを避けた。
「今、物凄く念で強化した拳でブチのめそうとしましたね。実体化してるのに酷いです。泣きますよ」
「外すとは惜しい事したね」
舌打ちをしながらそういうとベッドの上でちゃんと座り直したが不服そうに頬を膨らます。
「あ、本当に本気だったんですね。本当酷いです。ここは感動の再会を喜ぶべきですよ!」
「お前との再会が感動とは自惚れたものね」
「命の恩人に何て事を!酷いっ!」
判り易過ぎる嘘無きをするに溜息を吐く。
嗚呼、何だか懐かしい光景である。
「勝手な事した奴がよく言う。で、何で生きてるか?てきり死んだと思たよ」
このままでは埒が明かないと本題をぶつける。
完璧以前のペースを取り戻している二人である。
思わぬ再会に驚くよりも呆れが先立ってしまったからかえって冷静になってしまったのだろう。
質問を聞いたは相も変らぬ笑みを浮かべて告げる。
「いや、怪我が酷かったのでそれを感知した天界が強制送還したみたいなんですけど。
何せその怪我の原因が人間助けちゃったって話じゃないですか。それも死ぬ筈の」
「で?」
「で、ですね。まあ、あの自称神のクソ爺がその事で天界から追放して下さいまして。
魔界まで堕天させられてその魔界とやらで自称魔王の爺に絡まれまして腹いせにブチのめしたら魔王になっちゃいまして」
「・・・は?」
全くもって急にブッ飛んだ話になった事に思わず間抜な声が出る。
時々口が悪いのは今更なので突っ込む事はない。
それにしてもだ。
腹いせにブチのめされた魔王とやらも何と気の毒だろうと同情する。
しかし、天使から一転して魔界のトップであろう魔王とは。
「何か、呆れられてるのがひしひしと伝わってきてますが。そんな訳で色々ありまして。
漸く今日こちらに戻ってこれました。という訳でまた暫くというか当分こちらで世話になる予定なので」
「勝手な事を・・・」
「いいじゃないですか。私とフェイタンさんの仲なんですから。それに本当は嬉しいくせに!」
勝手な事を言いながらにこやかに言い放つ目の前の天使改め魔王に冷たい視線を浴びせる。
「気持ち悪い」
「酷いですよ。本当に泣きますからね」
そう言いながらも笑顔のはにっと唇で弧を描き、ベッドの上から飛び降りた。
そして、そのまま宙に漆黒の翼を広げて笑う。
「改めまして、魔王です。貴方に大変興味を持ったので当分お世話になります。よろしくお願いしますね。フェイタンさん」
「宜しくついでに今度はしかりとその捻じ曲がった性格直してやるね。」
一瞬、魔王がそんな簡単にこの世に居ていいものなのかとか常識的な事を思ったが。
何になろうとは。
破天荒に好きな事をやるのだろうと思い至った。
そして、黒と紅は互いにそう言って笑い合った。
天使を飼い慣らす方法。
天使に甘えず甘やかさず、付かず離れず居る事。
そうすれば天使は興味を持って観察しに幾度も戻ってくるだろう。
例え、その身が変わろうとも。
天使改め魔王の帰還。
(あ、そういえば暫く実体で居ようと思います。フェイタンさんの所属する旅団が面白そうなので。)
(・・・なら、まず一発殴らせるね。面倒事ばかり笑顔で言うその顔を含めて。)(絶対、嫌です。)
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