それからというもの時というのはあっという間に過ぎてしまい。
気付けば宣告された十日目となった。
天使は相も変らぬ笑みを浮かべている。
そんな折だった。
旅団の仕事が入ったのは。
全てが決するはこの時なのだろうと自ら悟った。
天使を飼い慣らす方法
episode7 天使の贈り物
「で、私、本当に今日死ぬのか?」
「ええ、そうなってますよ」
淡々と割り当てられた役割を果たす為に道無き道を駆ける。
今回の仕事は至高の宝石と言われるインビジブルルビーを手に入れる事。
それはある神殿に隠されていると言う。
その有力情報が今回漸く入り、旅団はそれを盗りに向かう事となった。
この仕事こそが自分の死の原因になるのだろうという事は理解出来た。
「しかし、一人になた私を一体誰が殺すか?」
「それはお答え出来ません。しいて言うなら神殿の中の何かか誰かと言う事だけです」
「それて答え言てる様なものね」
「それは失礼しました」
余りにもいつもと変わらぬ・・・否、いつもと変わらなさ過ぎるに違和感を感じる。
だが、それが何故かまでは理解できずその思考は途中で中断される。
「ま、どうでもいいよ。取り敢えず入てみるね」
入り口に辿り着いた私はそう言って神殿の奥へと足を踏み入れた。
考えてみればこの時に気付けば良かったのだと後で後悔するとも知らず。
古の時代に作られた建造物の割には老朽化が殆ど進んでいないその建物内部は快適そのもので簡単に最深部へと到達出来た。
最深部には各方向からの扉。
恐らく各入り口に繋がっているであろうそれと中央には祭壇の様なものがあり、
その祭壇の上にはインビジブルルビーと思わしき物が浮かんでいた。
しかし、入り口が全て繋がっているなら別れて進入とは無駄な事をしたと微かに溜息を吐く。
歩みを進めてルビーに近づけば高い天井の天窓から注ぐ光で緋色の光を煌かせる。
血の様に紅く美しいそれは至高と言われるだけの物であると納得出来る一品であった。
じっと観察する様にそれを眺めていると不意にが声を上げた。
「フェイタンさん」
「何ね?」
宝石から視線を逸らし、その声の主を見る。
別に振り返る必要はなかったのだがいつもの声色とどこか違っていたから振り向かざる得なかったのだ。
その声色と同じく振り返ればいつもと違い真剣な表情を浮かべた天使。
はゆっくりと口を開き、問う。
「前にも聞きましたが生きれるならば生きたいですか?」
「・・・前と同じよ。死んでつまらないのなら生きる方がいいね」
今更何を言い始めるのだと眉根を寄せて首を傾げる。
すると、真剣な眼差しは消え去り、温かく優しい眼差しへと変わる。
いきなり微笑んだに更に疑問が募る。
だが、それを問う前には笑いを漏らしながらこう言った。
「フェイタンさんは本当に面白い人ですよね。私に心底気に入られる時点で」
「いきなり何ね。本当に気持ち悪い奴よ」
「いえ、改めてちょっと思っただけです」
そこで会話を止めたは視線をルビーへと戻した。
フェイタンもその視線に促されるように視線をからルビーに戻す。
の言葉に何か引っ掛かりを覚えたがそれより今は目的を果たそうとルビ−に手を掛けようとした。
目的を果たした後でも話は聞けるからと。
ゆっくりと確実にその指先がルビーに近付く。
だが、その時だった。
ふいにが手を掴んだのだ。
後、数ミリと言う所で何時の間にやら自分の隣に立っていたがその行動を遮った。
理由が解らず呆けているとが自分を後ろに押し飛ばした。
余りの不意打ちにガードする事すらままならず勢いのまま祭壇から一番遠い壁まで飛ばされる。
こんな力があの腕にあったのかと驚きながら身を起こすとがルビーに手を伸ばしたのが視界に入った。
白い指先がルビーの表面を撫ぜたその刹那。
彼女の胸元から背へと何かが飛び出た。
ほんの一瞬、その刹那に彼女を幾本にも及ぶ剣の様に鋭いルビーの柱が貫いていた。
そして、その切っ先からは紅い雫がゆっくりと伝い落ちる。
「・・・?」
一体何が起こっているかわからずに呆然と見つめる。
普段あれほど冷静な自分が嘘だと言える程に心は乱れ狂っていた。
血の様に紅いが紅に染まる姿など想像出来なかった。
そう、今その現実になり得そうでなり得なかった事が現実に起こっている。
は今その槍の様なルビーの柱に貫かれた状態で笑っていたのだ。
傷口からは血が流れ出て、それがゆっくりと珠となり地面に落ちる。
冷静を取り戻し始めた脳が助けろと警告する。
しかし、その瞬間祭壇を中心にして足元から幾本もの棘の様なルビーの柱が飛び出る。
そして、その数本が今度は縦に天使を再度貫いた。
血飛沫が上がり、辺りを紅が埋め尽くす。
串刺しにされ彼女は動けないのか首だけを此方に向ける。
その顔はいつもより穏やかな笑みを称えていた。
「これが、貴方の死因でした」
「お前・・・」
その言葉を瞬時に理解した。
天使は自分を救う為に自らを身代わりにしたのだと。
ルビーに触れれば発動する罠で自分が死ぬ事を知っていたから。
何故、助けたかまでは判らないが。
それが、今目の前にある光景の真実であろう。
「しかし、これは痛いですね。ルビーを掴むのは実態化するしか方法がなかったので仕方ないのですが」
目からも紅い雫が流れ出ていて彼女自身もどんどんと紅く染まっていくのが解った。
紅に染まる程、天使のですら死すると事も。
「まあ、後悔はしてません。自分が望んでした事ですし。あ、これあげますね」
独白する様に告げるとは自分の手を刺していた柱をへし折り、ルビーを投げて寄越した。
それを受け取りルビーを両手で持つと自分の仕込み刀を取り出し、柱を斬って前へ進もうとする。
しかし、天使はそれに笑って答える。
「こちらに来なくていいですよ」
穏やかな口調だが絶対的な拒否が感じられる言葉だった。
「お前、その状態からどうやて抜け出すか!?」
思わず激昂して大声量で反論する。
「まあ、それは見ていれば解りますよ。考えても見てください。私は死ぬ筈の人間を助けたんです。
どうなるかは解る筈でしょう?どっちみちこれだけ実体になって怪我すれば幾ら私でも持ちません」
自分の死を理解しながら笑う天使に腹が立ち、近くの柱を刀で力の限り叩き割る。
「ヘラヘラと何で笑うか!?」
「笑いますよ。だって最高に気分いいですもん。私が私らしく在れた。それだけで私は満たされています」
「何を・・・」
彼女は瞳を伏せると静かに告げる。
「貴方が教えてくれたんですよ。自分の思うままに生きればいいと。
私はそんな大切な事すら忘れていた。少し考えれば解る事だったんですけどそれすらを放棄して現状に甘んじていた」
嬉しげに楽しげにそう告げる天使に目を奪われる。
「だから、これはちょっとした御礼なんです。私に一番必要な事を教えてくれた」
その声は今まで聞いた何よりも心から満たされ嬉しげな声であったから。
「色々、話はありますが・・・どうやら、時間の様です。
フェイタンさん。また、御会い出来たらその時はまた私に付き合って下さいね」
「勝手な事を言てるんじゃないね・・・」
聞きたくなかった。
最期の挨拶みたいなそんな言葉。
「私は自己中心的な性格なもので。では・・・また・・・」
憎らしくてもという存在は自分の中で確かに息づいていて。
もう、日常になければならない存在だった。
愛を語ったりする様な関係でもなかったけれど。
失くしてはならない大切な者だった。
だから、消え逝くの身体を掴もうと手を伸ばした。
決して届く事はないと判っていても。
「待て!!」
叫ぶ声が部屋に響くが天使は薄らと静かに光の粒子となって消え入った。
「!!!」
ただ、木霊する自分の声だけがそこにはあった。
満足そうな血塗れた笑みが焼きつく。
(何処までも勝手な天使は勝手に人を庇い、勝手に死んだ。)
(最後に罵てやりたかた。ただ、馬鹿、と。)
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