姉!修行終わったから遊ぼうぜ!」
「ええ。いいわよ。でも、その前にちゃんと傷の手当てをしてからね」

俺の姉貴はこの家では一番変わった人種だと思う。
悪い意味ではなく、良い意味で変わっているってのが俺の印象。
いつも笑顔を絶やさず誰に対しても優しくてこれが暗殺一家の長女で長子だとは誰も思わないだろう。
だけど、イル兄達の話じゃこの家で一番強いのは姉らしい。
暗殺業を担う事をほぼ禁じられている姉が一番強いだなんて俄かには信じ難いが
あのイル兄が一度も勝てた事がないと言うのだからたぶん本当なんだろうと思う。

「はい。手当ては終わりよ」

でも、こうやって優しく微笑む綺麗な姉貴がゾルティック家最強であるなんてやっぱり信じられない。






ブザム・カレッサー 10







「そうそう。キルア。遊ぶ前に今日は外でお茶にしましょう。ケーキやクッキーをさっき焼いたから」
「マジ!?俺、姉が作るものうまいから好き!!」
「ふふ、じゃあ、早速行きましょう」

イル兄からプレゼントされたであろう黒いドレスを翻して
ティーセットやお菓子をバスケットに詰めると先を歩く姉。
その後ろをついて歩くと目的地まではすぐだった。
目的地とは姉の為にとおふくろが去年位の誕生日にプレゼントしたローズガーデンである。
最近、大体外でお菓子を食べたりするのはここでと決まっていた。
中央にテーブルと椅子がセットされており、そこでお茶をするのが最近の姉の楽しみらしい。
いつもの様に紅茶のセットなどを済ますと先に腰を掛けていた俺に差し出してくれる。

「はい。キルアのね。少し甘めにしてあるわ。ケーキはどれがいい?」
「サンキュ!俺、そのチョコのケーキがいい!!」
「はいはい・・・あら、その前にお客さんが来たみたい」
「え?」

誰がと聞こうとした瞬間、地面が揺れてティーカップなどがひっくり返りそうになった。
だが、姉が事前に何かして置いたのかそれらは落ちる事なく、その場に留まった。
一体なんだったんだと前を見れば大きな毛玉が目の前にあった。

「ミケが何でここに・・・」

それは毛玉ではなく、いつぞやに親父が姉にペットとしてプレゼントに連れて来たミケだった。
恐怖でしか従わせる事が出来ないミケなのだかどういう訳か姉には一度も牙を向けた事がない。
むしろ、懐いていると言ってもおかしくないのである。
今も目の前でミケは姉に撫でて貰いたいと言わんばかりに大きな巨体を横たえて尻尾を振っている。
姉はそれが判っているのか頭を撫でてやるとケーキを一つ取り出して口に放り込んでやった。
一つと言うのは勿論ワンホールなのだかミケにとっては本当に小さな欠片を与えたようなものに見える。
だが、嬉しそうにミケは唸り、やはり尻尾を振っている。

「ミケは本当に何でも美味しそうに食べるわね。でも、暴れたら駄目よ?ちゃんと大人しくしててね?」

姉がそう言うとミケは甘えた声を上げてその場で瞳を閉じた。
余りにあり得ない光景に驚きながらも姉がケーキを出してくれたので俺も食べ始めた。

「それにしても何で姉にだけミケは懐くんだ?」
「私もよく判らないわ。イルミとも話した事があったけどイルミは気に食わないとしか言わないし」
「そりゃあ・・・・」

イル兄は姉を異常な程溺愛しているからそう言うのも当たり前な気がする。
俺ら家族でも姉と仲良くした日には殺気が飛んでくる事も少なくない。
行動に移さないのは姉がその後、ちゃんとイル兄を構ってるからなんだろうなと思う。
・・・そう考えるとやっぱり姉が最強な気がしなくもない。

(もしかして、姉ってマジで最強だけど、一番の苦労症でもあるのか?まぁ、気にしてないなら関係ない、か?)

何か気苦労の絶えなさそうなポジションなのに
にこにこ微笑んでいる姉を見ればやはり苦労をしている様には見えない。
本当に不思議な人である。

「そう言えばキルアは修行はどう?きつくない?」
「俺?別に大した事ないよ」
「そう。私は本当は暗殺業の修行なんてして欲しくないんだけど
御父様もイルミもキルアに家業を継がせるって決めてしまったから反対する事も出来なくて心配してたの」
姉・・・俺、大丈夫だぜ?正直言うときついなぁって思う事もあるけどさ。
強くなって困る事もねぇかなって思うし。だって、俺が強くなったら姉の事も守れるだろう?」

小さくなんか照れ臭いと呟くと姉は予想外な事を言われて固まっている。
でも、次の瞬間、花咲く様に満面の笑みを浮かべた姉は俺にキスをした。
いきなりの事に今度は俺が驚いて目を見開いた。
そして、された事の重大さに気付くと顔を真っ赤にして声を上げた。

姉!?」
「ふふ。ごめんなさい。嬉しくて。嫌だった?」
「別にそんな事ねぇーけど・・・」
「ありがとうね。キルア。そう言ってくれてとても嬉しい」

本当にキラキラと嬉しそうに笑う姉に別にっと言うと残ってたケーキを口に入れた。
そして、椅子から降りて立ち上がるとミケに近付く。

「ミケー!散歩に行くぞ!」

それに反応したミケが目を開いて走り出した俺の後を追って来た。

「ちょっと行ってくる!!」
「はいはい。気をつけてね」

照れ臭くて頷くだけ頷くとそのまま駆ける。
小さくなる姉に振り返ると姉は再び紅茶を呑んでいた。
俺はそんな姉を見て笑うと呟いた。

「あーあ。何となく姉が最強だってのは判るなぁ」

それは暗殺技術とか力強さではない言葉に出来ない何かにおいてだけど。
でも、やっぱ俺は最強だろうとなかろうとどんな姉だって好きなんだ。
だから、イル兄の溺愛する気持ちだって判る。
自分の事の様に真剣に俺達を想ってくれる姉貴。
そりゃあ、誰だって大切にしたくなるし、愛おしくなる。

「本気で俺も強くなって姉の事守るから!」

誰にも聞かれる事はないけどそう叫んで俺はミケと森を駆けて行った。




「本当にキルアったらやんちゃね。でも、すっかり男の子らしくなっちゃって」

イルミの時やミルキの時もそうだったけどと思いながら紅茶を飲むと屋敷の方から誰かがやって来た。

「あら、お帰りなさい。イルミ。お仕事ご苦労様」
「うん、ただいま。姉さん。それより森の中でキルアが嬉しそうにミケと走ってたけどどうかしたの?」

先程擦れ違った弟の嬉しそうな姿を思い出しながら首を傾げて椅子に腰掛けるイルミ。
私はそんなイルミに紅茶を差し出して、ケーキを切り分けながら笑った。

「そうなの?ふふ、どちらかと言えば姉さんの方が喜ばせて貰ったと思っていたのだけれどね」
「・・・?どう言う事??」
「だって、イルミもそうだったけどキルアまで強くなって私を守るなんて言ってくれるんだもの」

イルミが幼い頃、私の為に御父様を超える程強くなると言ったのと似た事を言ってくれたキルア。
本当に兄弟って似るのねと口にしながら紅茶を口にするとイルミはふーんと呟いて同じく紅茶を口にした。
そして、カップをテーブルに置くとイルミは頬杖をつきながらこちらをじっと見つめてきた。
首を傾げてどうしたの?と問い掛けるとイルミは少し間を置いて呟く。

「俺の方がキルアよりも姉さんを守りたいと思ってるのに・・・」

ちょっと不貞腐れたその言葉に目を丸くするとカップを置いて思わず口を覆う。

「ぷっ・・・あはははっ!!」
「!?」
「ご、ごめんなさい。笑うつもりはなかったんだけど・・・ふふっ!!」
「・・・姉さん、そう言いながら爆笑するの止めてくれる?」

弟であるキルアに可愛い対抗心を燃やすイルミが微笑ましくて面白かった為、我慢したが抑え切れずに笑ってしまう。
また、ツボに入ってしまったらしく中々笑いが止まらないものだからイルミがみるみると不機嫌になっていく。
本人は至って真剣に言っていたのだから不機嫌になるのも仕方ない事。
失礼な事だと思いながらもやや涙目になるまで笑いが止められなくて
漸く笑い終えた頃にはすっかりイルミの機嫌は悪くなっていた。

「あー・・・イルミ。怒らないで?」
「・・・知らない」

本格的にへそを曲げてしまったイルミを見て私は立ち上がるとそっと後ろから座っているイルミを抱き締めた。
ぴくっと微かに動くのを見てもう一度甘えた声でごめんねと囁いた。
すると、イルミはぼそりと呟く。

「・・・本気だったのに」
「ええ、わかってるわ」
「・・・でも、姉さん、爆笑したじゃないか」
「だって、微笑ましかったんですもの」

イルミの文句に丁寧に返事を返すとイルミは再び黙り込む。
そして、大きく脱力した様に溜息を吐くと私の手を不意に引っ張った。
バランスを崩した私はそのまま前方へ倒れこむが
それをイルミが支えて抱き上げると膝の上に乗せられてしまった。
何も言わずに私の身体に顔を埋めるイルミに笑みを浮かべる。

「甘えん坊ねぇ。イルミは」
「・・・姉さんにだけだよ。俺は」

負け惜しみに似たよく判らない言い訳を聞きながら暫くイルミの髪を撫ぜてやった。
互いの黒髪が風に吹かれて共に踊るのを視界の端で捉えながら。