その日はやけに嫌な空気が漂っていた。
首筋がぞくりと粟立ち、鳥肌が立ち、思わず辺りを見回すも
特に何もなく私は首を傾げて書庫を後にすると自室へ戻った。
だが、自室に戻った私を待受けていたのは予期せぬ人物の訪問だった。






ブザム・カレッサー 11







扉を開けた途端、電撃の如く駆け巡る殺気を肌に感じ、私は身構えた。
前方には敵はなく、何処かに潜んでいるのかと辺りを探ると一番奥のカーテンがふわりと舞う。
それと同時に何かが高速で投げられ、
咄嗟に横に飛び、避けると先程投げられたそれと同じものが着地した地点に再び投げられる。
私はすぐに後方へ飛び退き下がり、難なくそれを避けると視線を床に向けた。
そこには数枚のトランプが刺さっており、念を発動させて千年の魔女を構えながら若干顔を蒼白に染める。
相手の出方を楽しむ様な攻撃、トランプ。
その二つだけでも何やら思い出される人物が居る。
まだ会った事はなかったけれど、イルミとはどうやら対面済みらしいし、確実にあの道化師に違いない。
何で攻撃されてるのかはよく判らないけれどと溜息を吐く。
それ以上によくゾルティック家に侵入出来たなと感心してしまう気持ちが大きかったが。
どちらにしてもこのままじゃ殺し合いレベルの戦いを繰り広げる羽目になるだろう。

(なら、先に仕掛けて捕獲してしまおう)

自室を荒らされるのは嫌なのでそう決め込むと千年の魔女の能力を発動させる。

千年の魔女(サウザンドウィッチ)展開(オープン)!影の使役魔!」

声に反応してページがパラパラと捲られていく。
そして、あるページでぴたりとその動きを止めるとそのページから黒い何かが飛び出した。
飛び出した黒い物体はの影に溶け込むと影が意思を持ったように動き出す。
それは何方向にも別れて猛スピードで迷う事なくカーテンへと伸びて行った。
伸びた影はカーテンの人物を捕縛したのを知らせるかの様にの脚を微かに引っ張る。
目的を果たした合図だと理解するとはカーテンの裏へとゆっくりと近付き、勢いよくカーテンを捲った。
そこには影に雁字搦めにされて身動きの取れない青い髪の青年が居た。
フェイスペイントを施した顔が特徴的ではあるが端正な顔立ちでイルミに負けない美形だ。
よく知っているけれど、知っていると気付かれては不自然だと思い、静かには尋ねた。

「えっと・・・イルミのお友達?」

首を傾げて問うと目の前の青年は驚いたように微かに瞳を見開く。
これも不自然だっただろうかと思いながら返答を待つが
無言でどうしたものかと再び目の前の青年をじっと観察した所で自分の落ち度に気付く。

「あ、ごめんなさい。口までこの子が塞いでたんだったわ。ネロ、口だけ外してあげて」

自分の足元を見てそう告げると青年を拘束している影がするりと口だけ拘束を解いた。
これで漸く話が出来ると思うと再度目の前の青年に尋ねた。

「もう、喋れるだろうから聞くけど貴方、誰?やっぱりイルミのお友達さん?」
「どうして、イルミの知り合いだと思うんだい?」
「え、っと、ピエロみたいな青髪の男が尋ねてきたら遠慮なく殺せって言ってたからだけど・・・」

最近知りあった人物でつい姉さんの事を漏らしてしまったから
もし尋ねてきたらそうしろと言い聞かせられたのは事実だったがあんまりな内容なので少し惑いながら告げる。
すると、青年は愉快そうに声を上げて笑った。

「あはははっ!それはイルミらしい。で、僕を殺さなくていいのかい?」
「え?だって、イルミにそう言われても私には殺す理由がないですもの」

別にあの程度の攻撃は戯れ程度だったのだろう。
あれ以上続けば本格的に殺し合いになったかもしれないがと思い、苦笑いを浮かべる。
目の前の青年はそれを聞いて楽しげに口角を上げる。

は面白いね。イルミが口を滑らせてくれて万々歳だ。
僕はヒソカ。噂のイルミのお友達さんで合ってるよ。で、もう攻撃はしないから解いて欲しいな」
「判ったわ。ネロ、もう戻っていいわ」

私の声に反応してネロはヒソカの拘束を解き影からその姿を露にした。
黒い猫の形を象ったそれは私の肩に乗り、頬をすり寄せると開いていた本の白紙のページに戻っていく。
それと同時にページには文字が浮かび上がった。
正確には文字が戻っただけなのだが。
取り敢えずもう攻撃される事はない様だしと千年の魔女を解除すると粒子になってその姿を消した。

「今のは念かい?」
「ええ、そうよ」
「今まで見た事のないタイプだね。特質系の念かな?」
「正解。で、ヒソカは私の念を見に来たの?」

余りに念の質問が続くからイルミは私の念についてぽろっと漏らしてしまったのかと首を傾げる。
すると、ヒソカは首を横に振ってそれを否定した。

「いや、イルミが大切にしてるゾルティック家の長女がどんなのか見て見たかっただけ」
「なら、攻撃してこなくてもいいでしょうに。好戦的なのね」
、君どこかズレてるって言われないかい?」
「・・・どうして?」
「気付いてないならいいや。それはそれで可愛いしね」

意味の判らない事を言われて首を傾げるがヒソカはそれ以上は何も言わなかった。
しかし、それにしても実際にヒソカを見て見るとやはり奇抜。
だけど、元々の素材がいいだけに妙に似合っている所がまた凄い。
まじまじと観察してそう思うとやはり髪を下ろした姿が見たいと思ってしまう。
欲望と理性の間で少々葛藤するも初対面でそれを要求するのは
如何なものかと思い留まると沈黙を守っていたヒソカに声を掛けた。

「折角、私に会いに来てくれたなら御茶でもしていかない?」

私の誘いにヒソカは少々驚く素振りを見せるもくすりと笑い、
その申し出にあっさりと首を縦に振って頷いた。
そして、紅茶を入れて菓子を準備して一息吐いた所でヒソカがタイミングを見計らった様に口を開いた。

は屋敷から殆ど出る事はないって聞いたけど本当なのかい?」
「?ええ、そうね。弟達もまだ幼いし、敢えて外に出る用がないというのもあるけれど。
でも、そんなにずっと篭りっきりでもないのよ。最近はよく友達と遊びに行ったりもするし」

一年の軟禁期間を経た後は幻影旅団の面々とよく遊びに出掛けた。
イルミがやや不機嫌になるのでしょっちゅうではないが
クロロとは映画鑑賞や芸術鑑賞などをしに行ったり、パクノダ達とはショッピングに行ったり。
思えばクロロも結構簡単にここに侵入していたなと頭の隅で思い返す。

「それなら今度僕とも出掛けてみないかい?」
「私でよければ何時でもいいわよ。私、誰かと出かけるのは楽しくて好きだから」
「なら、僕の携帯番号教えておくよ」
「ええ、じゃあ、私から教えておくわね」

携帯を取り出し、自身の番号を伝えようとした瞬間。
ヒソカ目掛けて扉から何かが風を切って飛んできた。
私は思わず固まり、ヒソカはそれを予見していたかの様に片手でそれを止めていた。
ヒソカの手に収まっているそれはよく見るイルミの針だった。
私は慌てて針が飛んできた扉の方向へと声を投げた。

「イルミ!」
「姉さん、今すぐその変態から離れて。すぐに始末し終えるから」

そこには案の定イルミが居たのだが諌める様に投げ掛けた声は呆気なく無視される。
最近、こう言う事が多いのだが反抗期なのだろうかと見当違いの事を思いつつ、再び二人を交互に見やる。
どうにもこうにもイルミから流れ出す殺気が尋常ではない。

「酷い、酷い。そんなに本気で殺そうとしなくてもいいじゃないか」
「黙れ。姉さんに近付いたら殺すと言っておいた筈だよ」

飄々とするヒソカを見て余計に怒りを露にするイルミ。
その様子を見兼ねて私はイルミに駆け寄った。

「イルミ。いいじゃないの。特に危害を加えられた訳でもないんだから」

本当は一戦交え掛けたけどと心の中で呟きつつ、イルミを宥める。
だが、イルミはそれで納得せず私を自分の背の後ろへと誘導して再び針を構える。

「姉さんはお人好し過ぎなんだよ。あれは生きているだけで危害を加える生き物なんだ」
「酷い言い様だね」
「本当の事だろう。俺は嘘は言わない性質なんだ」

殺気を収める気のないイルミは今にも暴れだしそうだった。
何故、そんなに怒っているかはよく判らないし、どうしたものかと頭を悩ませる。
悩んで悩んだ結果、何も思いつかなかった私は自棄になりつつ、イルミにこう言った。

「とにかく、意味もなく殺し合いはいけないわ。イルミ。
一つだけ何でも言う事を聞いたあげるからここは退いて頂戴!」

子供騙しな駄目元の一言にイルミは突如ぴたりと動きを止めた。
殺気も和らぎ視線をヒソカから外し、こちらへと向けられる。

「本当に一つだけ何でも言う事を聞いてくれるの?」
「え?ええ、私に出来る事ならね」
「本当に本当だね?約束してくれる?」

やたら念を押すイルミに首を縦に振り頷く。

「ええ、私が嘘吐いた事ある?」
「・・・判ったよ。そこまで姉さんが言うなら今日の所は退く」

イルミは殺気を完全に消し去って武器を仕舞うと「遅くなったけどただいま」と頬にキスを落としてきた。
呆気に取られる私だったが取り敢えず部屋が無茶苦茶になる危機が去ったのだと
納得すると笑顔を浮かべ、「おかえりなさい」と返事を返し、同じ様に頬にキスを落とす。
すると、イルミは私を抱き締めたまま、再びヒソカに向き直り、まだやや不機嫌そうな声で告げた。

「取り敢えずヒソカ。今日は帰ってよ。今すぐ帰って。さあ、帰れ」
「段々物言いが乱暴になってるけど?」
「煩い。黙れ、早く帰れ」

あんまりな物言いだったがヒソカは案外あっさりと折れて「ハイハイ」と溜息混じりに呟き、テラスの外へと向かった。
テラスから出るのかと注目しているとヒソカはくるりとこちらに振り返って私に視線を送ってきた。
若干、ぞくりと鳥肌が立ったが気のせいかと首を傾げながらヒソカを見返す。
すると、ヒソカがぽーんっと何かを投げて寄越してきたので私はイルミから離れて慌ててそれを受け取る。
何とかキャッチに成功し、掌に収まった物を確認するとそれは先程私が取り出した自身の携帯だった。

「え?何時の間に・・・?」
「僕の携帯番号登録しておいたから何時でも連絡頂戴。勿論僕からも連絡するからさ」

何時の間に両方に登録したのだろうかと疑問は増えるばかりだが
相手がヒソカなのであんまり気にしないでおこうと心の中で思うとヒソカの申し出に笑顔で頷く。
だが、それが面白くなかったのかイルミは私の腕を引くと
自身の腕の中に私を閉じ込め、ヒソカに向かって再び針を投げた。

「イルミ!」
「ククッ!本当に今日はいい収穫があったよ。じゃあ、またね」
「二度と来るな」

イルミの罵倒を物ともせずにヒソカは笑顔でテラスから去って行った。
無表情ではあるがイルミからはむすっとした雰囲気が漂っており、私は頭を悩ませる。
最近のイルミの機嫌を直すのは中々至難の業なのだ。
まだ、キルアやミルキの方が根が単純なだけに機嫌を直すのは簡単だ。
気難しい弟の顔をじっと見て私は冗談混じりでイルミに微笑み話掛ける。

「イルミ、仕事で疲れたでしょ?良かったらお風呂で背中流してあげようか?なーんて」
「・・・本当に?」
「へ?」

冗談のつもりで言った言葉にイルミが勢いよく食いつく。
先程の不機嫌が嘘の様な食いつきに私は引き下がれなくなる。
まさかそんな乗り気になると思わなかったから困ったと思いつつもここまで来たら仕方ないと腹を括る。

「水着を、着てなら本当にいいわよ。でも、そんな事で嬉しいものなの?嬉々としてるけど」
「だって、キルア達とは一緒に入るくせに俺とは最近入ってくれなかったじゃないか」
「キルアやカルトは誘ってきてくれるからミルキはキルア達が拒むから一緒に入った事はないけど・・・」
「・・・キルア達、後で褒めておこう」

そんな他愛のない話をしつつ、私は水着を片手にイルミと浴室に向かうのだった。
水着を来た二人を帰った筈のヒソカが待受けているとも知らずに。

「やぁ、二人とも」
「・・・帰れっ!!」
「い、イルミ!!」

結局、その騒動を収めるのに一時間掛かり、
振り出しに戻ったイルミの機嫌を直すのに更に一時間掛かる破目になっただった。