「姉さん、何で勝手に居なくなったの?」
「イルミ・・・?」
クロロと別れ、ゾルティック所有の飛行船に乗った時だった。
ずっと黙っていたイルミが私の手をまるで逃がさないとでも言う様に強く掴み、詰め寄ったのは。
一緒に暮らしてきてずっと傍に居たけれど、そのイルミの表情は今まで見た事のないもので。
私の心には微かな恐怖と不安が過ぎる。
イルミはそんな私を見てふいに腕の力を緩めた。
「・・・今回は許すけどもう勝手に居なくならないで」
縋る様に乞う様に悲痛な声色で囁かれた言葉に私は頷く事しか出来なかった。
ブザム・カレッサー 09
家に戻ってきてから一週間、私は自室でほぼ軟禁状態になっていた。
決して家族の誰かに強要されたからと言う訳ではない。
ただ、イルミの御願いを聞いて自ら軟禁されているのである。
イルミの御願いと言うのが一年は絶対に目の届く場所に居て欲しいという事。
本来なら御願いなのだからその通りにする必要性はない。
だけど、私はその御願いに首を縦に振った。
(あんな寂しそうな顔をされて断れる訳ないわ・・・)
いつもあまり感情を露にしないイルミがとても寂しく辛そうな顔をするものだから思わず頷いてしまったのだ。
考えてみればイルミと私が離れるのはイルミが仕事をしている時だけだった。
だから、イルミにとってこんなにも長期間離れ離れになる事は初めてだった。
もしかしたら一緒に傍に居る事が当たり前になっていたからそのせいで酷く困惑させてしまったのかもしれない。
そう考え至ると何だか悪い事をしたと思い、贖罪の意もあってこの軟禁状態に同意してしまったのだが
旅に出て見るもの全てが新鮮で楽しかった生活が続いていたものだからこの家での生活は味気なく感じてしまう。
凄く贅沢な悩みなのだとは思うがそれでも溜息を吐いてしまう。
「ねぇーあそぼー!!」
「あら?キルア。御母様の所から逃げてきたの?」
タイミングよく現れたのは三男のキルアだった。
旅に出る前はまだ歩く事も覚束無かったキルアは今ややんちゃに駆け回り、私を姉と呼ぶ程に成長していた。
勿論、そんな弟の成長を嬉しく思わない筈もなく、駆け寄ってきた弟を優しく抱き上げて自分の膝の上に乗せた。
「全くキルアはやんちゃね。でも、あまり無茶はしては駄目よ?」
「ねぇが言うならわかった!!」
「ふふっ、偉いわね。キルア。で、何をして遊ぶの?」
キルアはその問い掛けを待っていたようで片手に持っていたものを私に差し出した。
「あらあら、懐かしいものを見つけてきたのね」
「ねぇ、知ってるの?」
「ええ・・・本当に懐かしいわ」
差し出されたそれは一冊の絵本。
その絵本は小さなイルミの為に私が描いた世界で一冊の絵本。
元々絵を描いたりするのが得意だったのでふいに思いついて作った一冊だ。
ページを開けばまだ幼い身体の時に描いたものだから若干線が曲がっていたりしている。
ちょっと不恰好な絵本に思わず微笑みが込み上げてくる。
「これはね。キルア。私が作った絵本なのよ」
「ねぇが作ったの?凄い!!」
「そうかしら?でも、やっぱり少し不恰好。本当にこれでいいの?キルア」
自分が描いた不恰好な絵本以外にも沢山綺麗な絵本がこの家にはある。
だから、そう問い掛けたのだがキルアは私が描いたものなら余計これがいいと言った。
なので、私は頷くとゆっくりと御話を読み始めた。
内容はこちらの世界にない日本の昔話。
調べてみればこちらには日本の昔話は存在しないらしい事を知った私がイルミに御話してあげたいと思ったのが始まり。
(確かこれを初めて作って読んだ時、凄くイルミは喜んでいたわね。表情には出てなかったけど嬉々としてたっけ。)
懐かしいと感じるのはやっぱり私もイルミも成長していくに連れて
世界が広がり様々なものが見える様になってきたからなのかなと思う。
私は前の世界から数えればかなりの年齢だけどこの際は気にしない事にする。
今の私はこの世界に来る前の私をベースに新しく生まれたものだと思うから。
幼い頃は前の世界の母の事を思った事もあった。
突然居なくなってきっと悲しませただろうなとか。
でも、結局、私は死を向かえる筈だったのだから同じ様に悲しませる結果にはなっていただろう。
だから、せめてこの世界では長く生きて私を生んでくれた御母様達に孝行したい。
家族を大切にしたいのだ。
「こうしてかぐや姫は月へ帰って行きました。おしまい」
「うわぁー!ねぇの絵本面白い!!」
途方もない想いを巡らせながらも読み終えた絵本に嬉しげに無邪気に笑うキルアに心温まる。
頭を優しく撫でてやりぎゅっと後ろから抱き締める。
いきなりの事にキルアは目を丸くして私を見上げる。
「ねぇ?」
「ううん。ちょっとね。キルア、よかったら貴方にも絵本を一冊描いてあげるわ。貴方だけの為の絵本を」
「本当!?俺、絶対に大切にする!!」
「ふふ。ありがとう。暫く掛かるけど待っててね?」
「うん!!ねぇ、大好き!!」
嬉しげに抱きつく弟の姿に私もよと答えてぎゅっと抱き締めるとぎぎぎっと不気味な音が響いて部屋の扉が開く。
開いた隙間から手がひょっこりと現れて何かと見つめているとその隙間から顔を半分だけ覗かせるイルミ。
物凄くこちらを恨めしそうに見ているのを見て苦笑を浮かべると漸くキルアがそれに気付いて振り返った。
「うわっ!?い、イルにぃ・・・!?」
あまりの不気味さに肩を上下させて驚くと私に強く抱きつきながらその正体にまたキルアは驚く。
キルアの前では兄としてのプライドからかああいう態度は取らない様にしている節があるので余計に。
でも、私にとってはよく見る光景なので苦笑を浮かべてそんなイルミに向かって手招きをする。
「もう、仕方ない子ね。イルミ。こっちへいらっしゃい」
「・・・・・いいの?」
「遠慮なんて珍しい。いいからいらっしゃい」
いつもなら直ぐにこちらに駆けてくるだろうイルミだが
今日はえらく遠慮がちでどうしたのだろうかと思いながらも呼び寄せる。
すると、漸くどこか安堵した表情を浮かべてキルアが座っている逆側のソファに座りぴたりと身体を寄せて来た。
そんなイルミの頭に手を伸ばして撫でてやるとイルミは驚いた様にこちらを見た。
「姉さん・・・?」
「ちゃんとイルミの事も姉さんは好きよ。
だから、何を気にしているのか判らないけど遠慮しないで。
折角姉弟なのにその方が姉さん、寂しいわ。ね?約束してくれる?イルミ」
「・・・・・うん。わかった」
私がそうやって言えばイルミは数度瞬きをした後、肩口にそっと顔を埋めてきて頷いた。
それに満足すると私は再び微笑んでキルアとイルミをぎゅっと抱き締めた。
「ふふ。本当に私はこんなに愛してくれる弟達が居てくれて幸せよ」
躊躇いもなく、恥ずかしげもなくそう言えるのはきっと心から素直に言えるから。
いきなりこの世界に来た時は不安もあったけど、今は心からとても幸せだと思える。
私は心の中であの念書の創り手に感謝するのだった。
「俺も姉さんに抱き締められたい・・・」
「あなた!!カメラよ!カメラ!!」
「・・・もう何枚か撮ってある」
廊下で寂しそうにするミルキと子供達の可愛げな光景に発狂するキキョウ。
それに振り回されるシルバが居た事を三人は知らない。
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