クロロ達と仕事をしてから暫くした日の事だ。
イルミが仕事に行っているので山の様に本を積んで読書に熱中していると、
部屋に誰かが近付いてくる気配を感じて顔を上げた
すると、勢いよく私室の扉が開かれ、元気な少年の声が響いた。

「ただいま!姉!」
「キルアッ!?お帰りなさい!元気にしていた?」

勢いよく立ち上がると足早に近付き、およそ二年会っていなかった弟を抱き締めた。







ブザム・カレッサー 14







「本当に大きくなったわね。姉さん、嬉しいわ」
「大げさだよ。姉。大体、姉の方がまた綺麗になったと思うし、さ」

視線を逸らしながら照れ臭そうにそう呟くキルア。
今までそんな事を口にした事なんてなかった弟の一言に思わず驚き、目を丸くして瞬きを繰り返す。
精神的にも成長したという事だろうかと
再びは満面の笑みを浮かべると、本当にお帰りなさい、と抱き締めた。
そこへ丁度、仕事を終えて帰ってきたイルミがやってきた。
戻ってきたイルミは抱き締め合っているとキルアを見て、一時動きを止めた。
キルアが帰ってきた事への驚きかどうかは解らないが
その様子をじっと見守っていると数秒の間を開けて二人に近付いてきた。

「姉さん、ただいま・・・キルア、帰ってきてたんだ。お帰り」
「う、うん、イル兄もお帰り・・・」

いつもと変わらず無表情な長兄の筈なのにキルアは何故か少量の殺気を感じて顔が引き攣った。
その殺気には全く気付いておらず、キルアを漸く解放するとイルミに微笑み掛けた。

「お帰りなさい。イルミ。もう、本当に私、吃驚したのよ。
キルアったら天空闘技場に行ってから手紙の一つも寄越さないんだから」

少し頬を膨らませてそう告げるに対して、手紙の単語を聞き、不自然に肩を揺らしたイルミ。

「え?俺、出してたよ?月一で」

そして、の言葉に対して不思議そうにキルアが告げた言葉。
一瞬の沈黙が室内を支配する。
しかし、は挙動不審なイルミにいち早く気付くとゆっくりとした足取りでイルミに近付いた。

「イルミ」
「・・・何?」

若干、普段より声に重みのあるに怯むイルミ。
イルミが怯む姿など、生まれてこの方一度も見た事のないキルアは驚きに瞬きをする事すら忘れて見入る。
そうしている間にもじりじりと迫り寄ると後退していくイルミ。

「貴方ね?故意にキルアの手紙を私に見せなかった犯人は」
「何で俺がそんな事をしないといけないの?」

あくまで平静を装っているイルミだがと目を合わさないのを見れば一目瞭然だった。

「それは、私が聞きたいのだけれど・・・?イルミ」
「だから、俺は・・・」
「素直に認める気はないのね?それなら、私にも考えがあるわよ?」

温厚なが怒るのは非常に珍しい光景である。
キルアに至ってはこんな風にが怒っているのを見るのは怯むイルミと同じく初めてであり、
イルミもイルミでここまで怒っている姿を見るのは片手で数える程だ。
ただ、考えがある、と言い出したが経験上どの様に怒り狂うかを知っていた事と、
ついに壁に背がつき、逃げ場が無くなった事が重なり、終には深々と頭を下げた。
物凄いスピードで頭を垂れた兄の姿に再びキルアは絶句し、視線を逸らす。
何となく見てはいけないものを見てしまった気がしたというのが主な理由である。

「ごめんなさい」
「・・・イルミ、私が良いって言うまでそこで正座。約束を破ったら更にお仕置きよ?いいわね」
「・・・わかった」

素直にその場に正座するイルミを見届けると未だに唖然とするキルアの方へと振り返った。

「キルア、貴方も今日は帰ってきたばっかりで疲れているでしょうし、もう、休みなさい」

の声にはっと我に返るとキルアは顔を上げて、頷いた。

「え、あ、うん。じゃあ、また明日」
「ええ、明日、御話を聞かせてね。おやすみ」

キルアの頬にキスを落とすとそのまま扉へと促して、部屋を退出させる。
そして、再びイルミへと向き直った。

(ここまで、怒るなんて予想外だったな・・・)

不機嫌そうに眉を顰めているを見て
イルミはどうやって機嫌を直せばいいだろうかと冷や汗混じりに考える。
イルミにとって唯一の恐怖は何よりもが自分から離れていく事なのだ。
だが、それと相反する様に独占したいという気持ちも大きい。
それが故の今回の結果なのだが今更、後悔した所で後の祭りである。

「イルミ」
「何・・・?」

些細な変化であるが声に覇気がないのを感じ取り、は説教をしようと開いた口を噤んだ。
まるで今にも泣き出しそうな幼い迷子の様な印象を感じ取ったのだ。
それは最近、が時折イルミから感じ取る違和感の一つであり、悩みの種となっているものであった。
最近のイルミは妙に幼いというか、何かが変だったのだ。
いつにも増して傍を離れたがらないし、何処に居てもついて回る。
何も言わなくても離したくない、離れたくないそんな想いが伝わってくる様な気すらしていた。
そんな異常と言って良い程の執着心をここ最近、常に感じるのだ。
今までは少しシスコンな可愛い弟で済まされていたが今はその一言で済まされない。

(ここ最近・・・違う、わね。クロロと出逢った数年前からイルミは変わった気がする)

ずっと傍に居て、一番イルミを理解していると思っていたけれどそれは自分勝手な思い込み。
今までもきっと、それに気付いていたのに気付かない振りを無意識にしていたのかもしれない。
そんな考えに至るとはふいに苦しくなった。
こんなにも近くに居るのに、何か厚い壁が自分とイルミの間を隔たっている。
心臓が締め付けられる錯覚に襲われて、きゅっと手を強く握り締めた。

(寂しい・・・?悲しい・・・?何、なのかしらこの、感情は・・・)

暗く澱んだ自身の感情に戸惑い、続く言葉を発せずに居ると黙り込んだを不思議に思い、イルミが口を開いた。

「姉、さん?」

聞こえたイルミの声に、はっと我に返る。
強く握り締めた手を漸く解くと少し痛みを感じた。
一体、自分はどうしたのだろうかと思いつつ、今は目の前の事だと正座しているイルミの前に立ち、しゃがみ込んだ。

「今回の事は許してあげるけど、今度からはそういう事しないでね」
「え・・・?いや、うん、解った」
「いい子ね。もう正座はいいからイルミもお風呂に入ってらっしゃい。仕事で疲れているでしょう?」
「う、ん、解った」

今までの経験上と違う反応に今度はイルミが戸惑いを抱いたがそれ以上何かを追求するのは躊躇われた。

(あんな姉さんの顔、初めて見た。あんな、苦しそうな、辛そうな顔・・・)

刻々と確実に何かが変わっていく。
それは徐々に、何時か激流の様に逆らえない波となって押し寄せてくる。
そんな予感がしてイルミもも不安を増長させていった。