欲望に本能に流され、全てを奪おうとして俺は全てを崩壊させたのかもしれない。
一番愛してやまない姉さんの笑顔が失われ、一番恐れた姉さんの涙が止め処なく零れ落ちる。
ゆっくりと姉さんから離れながら俺の身体は震えていた。
初めて感じる身体の震えに言い知れぬ感情が湧き上がる。
それは、後悔か、恐れか、今の俺には何一つ理解する事は出来なかった。






ブザム・カレッサー 16







「ごめん・・・姉さん」

それだけを言い残して、俺は立ち上がる。
一度も振り返る事もなく、真っ白な思考のまま殆ど使った事のない自室へと入る。
扉を背にしてその場に崩れ落ちるように座ると詰めていた息を吐き出した。
こんな日が来る事はいつも覚悟していた筈だった。
それでも、この胸に感じる壮絶な痛み、悲しみ、苦しみ。
まるで、今までの絆が砕け散り、破片となって身に降り注いだようだ。

「姉さん、俺は・・・本当に愛してたんだ。本当は、守りたかったんだ」

誰にも聞かれる事のない呟きが何もない薄暗い部屋に響き渡る。
そして、俺は自身が涙を流している事に気付いた。
指先で触れてその存在を確かめるとぐっと拳を握り締める。
それでも流れる涙と共に姉さんの謝罪の言葉が脳裏に焼きついて離れない。
いっそ責め立ててくれたならばよかったのに、姉さんは何処までも優しいまま。
だから、今も尚、愛しくて堪らない。

「・・・姉さん、俺を赦さなくていいよ。でも、想う事だけはどうか、赦して・・・」

最後に俺はそう呟いて立ち上がる。
立ち上がった俺の表情は普段と変わらない。
こんな時に暗殺者としての教育が役立つなんて皮肉だ。
内心でそう嘲笑し、俺は仕事へと向かった。






あれから数週間。
俺と姉さんは何一つ言葉を交わす事無く過ごしている。
時折、目にする姉さんの姿はいつもと変わらない。
キルア達に向ける笑顔も以前と変わらないまま。
ただ、俺と姉さんの接触が一切なくなっただけで、他は何一つ変わらないままだ。

「イルミ。お前、と何かあったのか?」

父さんだけが俺にそう聞いてきたが俺は、別に何もないよ、とだけ返して次の仕事についての話を無理やり進める。
何もないという事が嘘だという事も気付いているだろうが父さんはそれ以上は特に何かを聞いてくる事はなかった。
特に関与する必要はないと感じたのかは謎だけど、今の俺には有難かった。
聞かれた所で答えようもないし、何より思い出したくない。
だけど、そんな生活から更に一週間経った頃、廊下でぱったり姉さんに遭遇してしまった。
誰もいない広い廊下の中央で思わず二人して硬直してしまう。
あれだけの事があったのに普通に喋れというのも無理な話だろう。
俺は取り敢えずこの場を離れようと口を開いた

「俺、これから仕事だから・・・じゃあ・・・」

それだけを呟いて歩き出した俺の背に姉さんの何か言いたげな視線が突き刺さる。
だけど、俺はそれに気付かぬ振りをして走り去る。

「イルミ・・・」

後方で呟かれる俺の名に止まりたい衝動に駆られながらもその場から立ち去るとゆっくりと減速して立ち止まる。
最後に呟かれた俺の名の意味。
その後に続く言葉が一体何なのかとても知りたいと思うと同時にとても怖く思う。
きっと言葉の続きはいつの日か知らねばならない事なのだろう。
だが、今は到底できそうもない。
かといって時がそれを解決してくれるようには思えない。
行き場のない想いが茨となって俺の身を雁字搦めにして傷つけていく。
これは、きっと罰なのだ。
解放される事のない永劫の罰―――俺が姉さんにした事への報い。