巡る思考の果てに私はいつか答えを出さなければならないのだろう。
どんな結末であろうとも。
漂う思考の海の果てに願わくば愛しい我が弟の幸福を祈ってしまうのは、
懺悔なのか、贖罪なのか。
それとも・・・私の中にあるはたまた別の感情なのだろうか。







ブザム・カレッサー 17










「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ううん。なんでもないわ。アルカ」

小首を傾げてこちらを覗き込むアルカに微笑んで見せる。
すると、少し安心したように肩を撫で下ろす。
ここは厳重に幽閉されているアルカの部屋で私はイルミとの事件以来、よく訪れていた。
御父様達は決して私をここに近づけない様にしていたが千年の魔女の能力を使えば誰の許可も得なくともここには来れた。
多分気付かれているかもしれないが何も言ってない所を見ると今の所は良いということなのだろう。
正直、私はこの幽閉には反対していたし、全てを禁止されていれば強硬手段に出て居たと思う。
それを留まらせる為にも黙認されているのだろう。

「でも、お姉ちゃん。悲しそうだったよ?」

鋭いアルカの指摘に私は苦笑する。
人を心配する優しい心を持っているのに能力故に理解されない。
そのせいでこんな場所に閉じ込められているというのに不満を言わないアルカとナニカを私は愛しいと思う。
キルアからアルカとナニカについて話を聞いた時は驚いたけれど、二人ともどんな形であれ、私の家族だ。
こちらを見つめるアルカにそっと腕を伸ばし、胸に優しく抱いた。

「ありがとう、アルカ。お姉ちゃんならアルカ達が心配してくれるから少し元気になったわ」
「えへへ!お兄ちゃんが一番だけど、お姉ちゃんはその次に大好き!!ナニカも好きって言ってたよ?」

ぎゅっと抱き返してくる無垢で無邪気なアルカの頭を撫でてやりながら、嬉しいわ、と告げる。
そんな腕の中のアルカが急にしゅんと気落ちするのを感じて顔を覗き込む。

「どうしたの?アルカ」
「最近、お兄ちゃんと会ってないなぁって思って・・・寂しいよ。お姉ちゃん」
「・・・アルカ」

私がここに足繁く通い始めたのには実はキルアが関係していた。
厳密に言えばキルアとイルミだ。
表面上は普段どおりなのだかあんなに溺愛していたアルカの話をキルアから聞く事がなくなったのだ。

(推測が正しければ、イルミ・・・なんでしょうね)

仕組んだ弟を思うと未だにあの事件を思い出し、少し胸が痛む。
きっと針で洗脳したのだろうけれど、無理に洗脳を解いてしまってはキルアの身に危険が及ぶかもしれない。
そう思い、手が出せないというのも事実である。
私に出来るのはアルカ達と共に居て、少しでも寂しさを紛らわせる事だけ、自身の非力を私は悔いる。
そもそもキルアに対する異常なまでの執着心を見せ始めたのは、あの事件以来だ。
どう考えても私が引き金になっている事はすぐに理解できた。
せめて、少しでも話が出来ればと機会を窺ってみたが巧みにイルミが私を遠ざけており、近づく事すら出来なかった。
諦めてはいないけれど、罪滅ぼしにアルカを尋ねる事しか出来ない自分が本当に情けなかった。

「ごめんなさい。アルカ。キルアをここに連れてきてあげれればいいのだけれど、キルアも修行が忙しくてね」
「うん・・・あたし、我慢する。お姉ちゃんも来てくれてるし、お兄ちゃんもまた来てくれるよね!」
「・・・ええ、アルカがキルアを大好きなようにキルアもアルカが大好きなんだから」
「えへへ!うん!」

そう言って聞かせるとアルカは蕩ける様な満面の笑みを浮かべて見せた。
アルカの様子を見て、幼いイルミの姿が過ぎる。

(やっぱり兄弟なのよね・・・アルカの真っ直ぐな所、とってもイルミに似てるわ)

いつしかイルミの中で違う形で育ってしまったものと重ねて、私はそっと瞳を閉じる。
やっぱり私には放っておけない。
まだ痛む心がない訳でもない。
答えすら出てもいないのだ。
だけど、それ以上に私はあの子が傷ついたままで居るのは耐えられない。
私にとってイルミはあんな事があっても大切な弟で、かけがえの無い存在だから。

「アルカ。ごめんなさい。私もこれから用があるの」

やはりイルミを探して、何としても話そうと決意するとアルカの頭を一撫でして、立ち上がり、また訪れる約束をしてその場を後にする。
アルカは元気よく手を振って見送ってくれた。
それがやけに私の背を押してくれているようで少し元気が沸いてきた。
足早に廊下を歩き、イルミの姿を探すが何せ広い屋敷だから探すのは一苦労だ。
いっそう自分から出てきてくれたらいいのにと思いながら歩いていると前方から御母様が歩いてきた。

「御母様、ごきげんよう」
「あらあらあら!ちゃんっ!丁度いい所に!」

御母様に会釈して、通り過ぎようとするが珍しく機嫌が良い御母様の声に首を傾げる。
不思議に思いながら、何かあったのですか?と問いかける。
すると、形のいい唇をそっと細めて、穏やかに微笑んだ。

「実は、イルミに婚約者が決まったのよ!」

楽しげな声で発せられた言葉に私は思わず思考が真っ白になった。

(婚約者・・・?イルミ、に・・・?)

予想外の言葉に回らない思考回路を何とか奮い立たせて私は微かに震えた声で尋ねた。

「イルミは、了承・・・したのですか?」
「好きにしたら?と言っていたから大丈夫よ。相手の血筋も悪くはないし、こんな良縁ならばもっと早く進めるべきだったわ」

これから準備があるから行くわね、と言い残し、御母様は足早にその場を後にした。
立ち尽くす私は何度も巡る呪いのようなその言葉に眩暈を覚える。

(イルミが、結婚・・・?私を置いて・・・?)

信じられなかった。
それを拒絶しなかった事も何もかも。
ただ、信じられずに私は行き場のない想いを抱いて壁へと寄りかかる。
これが夢ならどんなによかったのだろうと思いながら。
でも、その瞬間、不意に以前、ヒソカが言っていた言葉が頭に過ぎる。

「嗚呼・・・そうだわ。自分を律する必要なんて、ないのよね」

呪いの様に染み渡るその言葉は内にある何かの蓋を開け放つ。
淀んだ黒いその中身は得体の知れないもの。

「ふふ・・・ふふふっ・・・あはははははっ!」

狂ったように私は笑いをあげた。
誰もいないただ、広い廊下に響き、反響する。

(嗚呼、こんなにも自身を解放する事が自由で、悦楽だったなんて・・・)

私は、そっと体を起こすと妖しい光を瞳に宿し、自分の欲望を叶えるべく歩き出した。

「姉さん?そんな所でどうかした?」

たまたまそこへミルキが通り掛かり、普段と様子が違う私を見て気分でも悪いのかと思ったのだろう。
私は顔を上げていつもの様に微笑んだ。

「何でもないわ。ミルキ。心配してくれて、ありがとう」
「え、い、いや、そんなの別に・・・」

照れるミルキに私は近づいて尋ねる。

「ねえ、ミルキ。イルミに婚約者が出来たそうなんだけど、何か知っているかしら?」
「え?ああ、聞いたよ。確か、同じ暗殺一家の令嬢らしくて・・・」

私は詳細を知っている様子のミルキに穏やかに微笑んだ。

「そうなの。詳しい話をよく聞かせて貰ってもいいかしら?私も、ぜひ挨拶に行きたくて」

何食わぬ顔で私はそう聞くとミルキにお礼を述べてその場を後にした。
私の背後で少しミルキが怯えていたような気がしたが今の私にはどうでもよかった。
もう、ただ只管にこの胸に宿るのは浅ましく醜悪な欲望。
きっと、今の私の顔は浅ましいくも醜いのだろう。
それでも突き動かす私の中の衝動を知る者も、止める者も、誰もいなかった。