本当は、全部知っていた。
愚かな女に完全に演じきる事で無かった事にしてきた。
けれど、それも結局は自分の為だったんだと今は思う。
傲慢なまでに身勝手過ぎる浅ましい考えだ。
何も知らない無知で愚かなお人形として狭い世界で生きていればそれはなんて安易で楽だろう。
結局、大層な事を言って私は利己的なまでに私の為だけに生きていたんだ。
そして、周囲を傷つけて、自分の為だけにあの一族まで滅ぼして、自分が傷つかない為に多くを傷つけてまで。

「嗚呼、悲劇のヒロインを演じてるようで本当に自分に吐き気がするわね」

自嘲して、私は戻ってきたゾルティック家の薔薇園の真ん中に座り込んだ。
月が嘲笑うように輝いていて、少しだけ憎らしく感じられた。







ブザム・カレッサー 19









イルミの恋心に気付いたのは結構早かったかもしれない。
最初は本当に懐いているだけだと思っていたが何時からかそこに異常なまでの独占欲があった為、すぐに気付いた。
常に傍にいるイルミを見て、ただの姉弟愛というのには普通に考えて無理がある。
それを咎める事も気付いている事もなかった事にしたのはちょっとした優越感からかもしれない。
執着を見せないイルミが唯一執着しているのが私というのは居心地が良かった。
ただ、その居心地の良さに甘えているだけなら何ら問題はなかったのだけれど、私は気付けば同じように恋をしていたのだ。
ゾルティック家に生まれ変わる以前は、そんな希望を持つ余裕なんてなかったから私にとって初めての恋だ。
抑圧されてきた感情が一気に弾けた止まれる筈もないそれは瞬く間に加速していった。
見つめられる度に切なさが募り、話す度に幸せが募り、触れる度に愛しさが募った。
きっと、あの時、イルミが暴走しなければ暴走していたのは私だっただろう。
でも、イルミにあんな苦しそうな顔をさせる位なら
一層、罪だと分かっていても私は想いを告げるべきだったのではないかと後悔した。
あの出来事から私の傍を離れていったイルミ。
それは私自身への罰だと思ってまだ諦められた。
しかし、予想外だったのがそこに舞い込んで来たイルミの婚約の話だった。
私を狂わすには充分過ぎるほどの火種だったそれはイルミと離れている辛さや悲しさを糧にあっという間に増幅していった。
そして、あの様な地獄を築きあげたのだ。
淡々と作業を繰り返すように殺していく私に酷く怯え、絶望する者達を見ても罪悪感など一つも湧き上がらなかった。
突き動かしていたのは、イルミを誰にも渡さないという嫉妬心と独占欲。
感情が昂ぶっていたせいでクロロ達には悪い事をしたとは思うけれど、それも正直、些事だった。
誰よりも生きて家族を守りたいという思いにも、嘘は無い。
だけど、今はそれ以上にイルミを私から誰にも奪ってほしくないのだ。
それと同じぐらいイルミには私以外を求めて欲しくない。
狂気を孕んだ思考が血には抗えない程に私も"ゾルティック"なのだと思い知らされる。
それに不満がある訳ではないけれど、この身に流れる血が同じでなければ
私はもっと素直にイルミを愛せていたのにと思ってしまうだけだ。
だけど、同じ紅がこの身に流れていなければ、恋する事もなかったのかもしれない。
全ては結局、成るべくして成っているのだろう。

「逢いたい・・・」

誰にも聞かれぬ言葉が急に吹いた風に木々の擦れる音共に掻き消される。
薔薇の花弁がひらひら舞って、月光の光が煌く鮮やかで美しいこの景色も今は何も感じない。
もう、どれくらい会っていないのだろうかと思って、
不意に両の手を見ると先程まで人を殺していた事実を思い出させる様に渇いた血が目に入る。
渇いた事で血の香りは更に増して、鼻腔へと届く。

「そういえば全身血の匂いが凄いわ。折角の服まで汚してしまったし、早く綺麗にしないと・・・」

そうは言うものの何だか酷く疲れてしまって、動くのが非常に億劫だ。
少し思案するも私は結局、そのままその場に寝転がってしまった。
真上を見れば降り注ぎそうな星が煌いている。
その光から目を背けるように瞳を閉じて、息を吐いた。
そんな折、ふと人の気配が近づいてくるのに気付く。
集中力が散漫になっている私は誰かまでは判断がつかず、視線だけをそちらに向けると茂みを割って人が飛び出してきた。
思わずその人物を見て私は身を起こし、目を丸くして驚いた。
視線の先に居たのは、漆黒の痛みのない艶やかな長い髪と
闇色の深い黒曜石の瞳に陶器のような白い肌を持つ男性にしては少し美し過ぎる私の愛しい人。

「イルミ・・・?」

ついに幻覚まで見るほど、追い詰められているのだろうかと私は疑ったが歩み寄ってくるその人物は確かにイルミだった。
イルミは感情を浮かべぬままこちらを見つめて近づいてきたが私の姿を確認した途端、その場に膝を折った。
そして、そのまま私を抱き締めると労わるように頬を撫でる。
その瞳には安堵と不安とが入り混じった様な複雑な色が見える。

「血の匂いがしたから見に来たけど、無事でよかった。怪我、ないよね?」
「これは、私の血じゃないから・・・」
「そう、姉さんが無事ならそれでいいよ・・・」

珍しく呼吸を乱しているイルミにまた抱き止められる。
存在を確かめるように強く掻き抱かれるその感触はずっと私が求めていたもの。
何かが心に流れ込んできて凄く満たされる感覚に陥る。
切なくて、苦しいのに嬉しくて、幸せでどうすればいいのか分からない位、色んな感情で頭が真っ白になる。
触れる指先が、掠める吐息が、感じる体温が愛しくて涙が自然と湧き上がってくる。
聞きたい事はあるのに、打ち明けたい想いがあるのに私はまだこうしていたいと願う。
それが少しでも伝わればといいのにと思いながら私はイルミの背に自分の両腕を回す。

「イルミ・・・」

触れた瞬間、イルミが驚くように少し肩を揺らしたがすぐに応える様に無言で抱く腕を強めた。
どんな結果になっても私はやはりこの想いを伝えるべきなのだろう。
悪い方向へ事態が転がる事があるならばその時は・・・
その時は、このイルミの両の手で全てを終わりにして欲しい。
もう、この膨れ上がった身を滅ぼすような恋は止まる事を知らないのだから。
風すら止んだ静寂の中、月光だけが私たち二人を見つめ、照らしていた。