「あの〜主席総長いらっしゃいますか?」
ツインテールの少女が軽いノックの音の後、そう言って入室して来た。
それを見たシンクは見覚えのない少女に顔を顰めるが
すぐに誰か思い至り、執務室の隣にある私室に居るを呼んだ。
「。新しい導師守護役が来てる」
「え?本当か?」
シンクの声に私室から顔を見せたは少女の姿を認めると私室を後にして歩み寄ってきた。
導師守護役の少女は出て来たを見るや否や
顔を強張らせてガチガチに緊張したまま、腰をほぼ直角に曲げて御辞儀した。
「は、初めまして!!昨日より導師守護役に就任したアニス・タトリン奏長ですっ!」
Desire 10
あまりの大声にシンクは両耳を押さえて顔を引き攣らせる。
はきょとんとした様子でそれを見つめて二、三度瞬きをすると
御辞儀をしたまま一向に顔を上げないアニスに近付いた。
「くっ・・・・」
「・・・?」
近付いてきたが苦しげに何かを漏らしたのに気付いて顔を上げると
アニスの眼前には口元を隠して視線を合わせず体を震わせるの姿があった。
何か失礼をしただろうかと尋ねようとしたその次の瞬間。
は何かが爆発した様に笑い声をあげた。
「あはははははっ!!!」
「!?」
「わ、悪いな・・・その、笑っちゃいけないと思って我慢はしたんだが・・・む、無理だ。あはははっ!!」
「・・・」
シンクがの様子に釘を刺すように名を呼ぶが一向に笑うのを止めない。
笑う事を止めないと言うよりは止めれないといった感じだが
アニスはただ笑い続けるをきょとんと見つめるばかりだった。
暫くして落ち着いたは身を正して改めて手を差し出した。
「いや、本当に済まなかったな。緊張している姿が可愛くてな・・・改めて自己紹介をしよう。
主席総長の・だ。幼いながらも急な導師守護役就任で大変だとは思うが宜しく頼むぞ?」
真剣に話しているだがまだ少し笑い過ぎて出た涙が目の端に残っている為、威厳はゼロだ。
そんなに溜息を吐いたシンク。
そして、笑われていたアニスは漸く自分の恥ずかしさに気付き顔を真っ赤にしながら小さな声で宜しく御願いしますと返した。
「まあ、あれだ。そう改まらなくても構わないぞ?私はこんな感じだから余り身分だとか階級だとかは拘らないしな」
「で、でも・・・」
アニスはそんなに気さくに話しかけてもいいものだろうかとの隣に控えているシンクとを見て悩む。
はもしかして仮面を被って表情の読めないシンクを取っ付き難いと考えているのだろうかと首を傾げる。
シンクはシンクで相変わらず無茶を言うなと呆れるばかりであった。
「無理強いはしないし、好きにしてくれて構わない。今日は挨拶回りが主か?」
「あ、はい。昨日、急に就任したので挨拶をしておいた方がいいってイオン様が・・・」
「そう、か。・・・挨拶回りが終われば導師イオンの元に戻るか?」
何かを思案する様に一呼吸置いたがそう尋ねるとアニスは首を縦に振った。
それを見ては微笑む。
「そうか。なら、伝言を頼む。明日の朝一に私室を尋ねるので時間を空けていて下さい、と」
「私室にですか?」
「ああ、個人的な話なのでな。よろしく頼む」
「判りました。イオン様に伝えておきます。じゃあ、私はまだ挨拶回りがあるのでこれで」
今度は自然に御辞儀をしてアニスは部屋を後にした。
シンクは小さく嵐が去ったと呟いたが確かに嵐みたいな女の子だからなとは口は出さずに思うのだった。
それから暫く執務を続けていると誰かが部屋の前まで走ってくる音が聞こえた。
そして、荒々しく扉が開かれて誰だろうかと迎え入れようとしたに向かってきた。
ドンっとぶつかる様に抱きついてきたそれが何なのか確認する前に桃色の髪が視界で揺らぐのを確認する。
「アリエッタ?どうかしたのか?」
自分が知る限りでその桃色の髪の主は一人しか居なく、下を見て確認してみればやはりアリエッタであった。
小刻みにぷるぷる震えているアリエッタはどうやら泣いているらしかった。
はそれに気付きアリエッタを抱き上げるとシンクに目配せする。
シンクはが何を言いたいのか理解すると静かに部屋を後にした。
「アリエッタ。二人っきりになったよ?だから、私に何で泣いているか教えてくれるか?」
優しく髪を撫でながらあやしてくれるに嗚咽を漏らしながらアリエッタは告げた。
「アリエッタ・・・イオン様の導師守護役解任されちゃった・・・!
ずっと、ずっとイオン様、体調が悪くて会えなくて・・・昨日、最後に会った後、直ぐにモース様が来て・・・」
「それで解任されたのか?」
昨日会ったのはきっとオリジナルの方だなと思いながら問うたにアリエッタは頷く。
「総長は知ってたの・・・?アリエッタが解任されるって・・・」
「・・・いや、私は知らない。大詠師モースの独断であろう」
「どうして・・・どうしてアリエッタが・・・」
何度もそう言って泣きじゃくるアリエッタ。
そんなアリエッタに掛けてやる言葉も見つからずただは彼女の髪を撫でた。
こうなる事は判っていた。
かと言ってアリエッタに本当の事を話す訳にもいかず、心苦しいながらも彼女の話を聞いてやる事しか出来ない。
もし、アリエッタが導師守護役を解任されなかったとしても結局は傷ついていただろう。
あれはアリエッタと心を通わせたイオンじゃないのだから。
「総長・・・イオン様はアリエッタが嫌いになったのかな?」
「そんな事はないよ。アリエッタ。お前がそれを一番よく知ってるだろう?」
「うん・・・ねぇ、総長。また、アリエッタが頑張ってたらイオン様の導師守護役に戻れるかなぁ?」
落ち着いてきたアリエッタが希望を探る様にそう告げた。
それもそうだろう。
導師イオンに謁見するにはある程度の地位が必要。
今までアリエッタが気軽にイオンに会えていたのも彼女が導師守護役だったからこそだ。
だから、彼女は寂しいながらも必死に受け入れようと自分を納得させる理由を探していたのだ。
「ああ、きっと戻れるよ。それまでは私の下で働いて貰う事となると思うがな」
「うん。総長。アリエッタ頑張る。イオン様とは会えなくなるけど総長が居るからアリエッタ頑張る」
アリエッタの中でイオンとの存在はとても大きなものだった。
初めて愛したイオンと初めて自分を愛してくれた。
恋人と家族の様な二人がアリエッタの心を大きく占めていたのだ。
自分を拾ってくれたヴァンも勿論大切なのだろうがそれ以上に三人で過ごした日々。
そして、イオンと二人で過ごした日々は彼女の生きる糧となっていた。
人の愛を知らなかった彼女に初めて愛し愛される事を教えた二人だからこそであろうが。
(いつか、私がアリエッタの傍を離れたらこの子は本当に大丈夫だろうか?)
計画の為にいつか離れなければならない。
そうなった時、彼女が寂しい思いをするであろうと判るだけに心配だ。
アリエッタはその後、落ち着きを取り戻して部屋を後にした。
そして、それを見計らった様にシンクが部屋へ戻ってきた。
「シンクか」
「お疲れ様。今日は来客が本当に多いね」
「そうだな。まあ、導師が入れ替えられたのだから色々変化する事も多いだろうとは思っていたが。
それにしても大詠師モースとヴァンは私を抜きでかなり人事を動かしてくれた。
・・・もう神託の盾騎士団は私の手から殆ど離れてしまっている。これ以上は私にも如何する事も出来ないかもしれないな」
運命は着実に動き始めているのを感じては遠くを見る様な瞳で窓に視線を映した。
その後ろ姿を見たシンクはがどこかに行ってしまいそうなのを感じて彼女の背に縋るように抱きついた。
「僕はの傍に居る。どんな事があっても絶対に。僕の存在はが全てなんだから・・・」
「お前の存在は私が居なくても成り立つよ」
「でもっ!僕はっ・・・!!」
シンクはそれ以上言葉を紡ぐ事が出来なかった。
伝えたい事は山ほどあるのにそれ以上紡ぐ事は決して出来なかった。
自分はレプリカで代用品で失敗作で彼女に拾われた事でたまたまた存在意義が出来た。
(僕が代用品の失敗作である事実は変わらない。僕は運が良かったんだ・・・)
に出会えたからこそ自分は"シンク"として生きているのだ。
もし、彼女を失くしてしまえば生きる価値はない。
空っぽになるのだ。
(だから、僕はこの気持ちを伝えられない。もし、それでを失くしたら僕は・・・)
絶望して絶対に生きては居られない。
そう強く思ってシンクはから離れた。
そして、いつもと変わらぬ口調でに言った
「僕たちが今何を言っても決まってしまった事だ。やれる事をやろう。」
「・・・そうだな。仕事も溜まっている事だし、始めるか」
無理矢理笑顔を浮かべるの姿に胸が締め付けられながらもシンクは普段と変わらぬ態度で敢えて接した。
自分の全ての想いを押し殺すように。
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