「失礼します。導師イオン」

軽いノックの後に入ってきたのは何度か顔を合わせた事のある神託の盾騎士団主席総長。

(確か名前は謡将・・・)

教えられた事を思い出しながら微笑んで招き入れた。

、どうかしましたか?アニスから私室を私情で尋ねるとは聞いてましたが・・・」
「ええ、少し御耳に入れて置きたい事があったので」

そう言うとは気付かれぬ様に静かに鍵を閉めて誰も居ない事を再度確認した。






Desire 11







「立って話をするのもなんですし、掛けてください」
「それでは御言葉に甘えて・・・」

対面し、互いにソファに腰を掛けると静寂が暫く空間を支配した。
沈黙に耐え切れなくなったイオンが一体如何したのかと声を掛ける前にが口を開いた。

「私の前では導師イオンとして振舞う必要はありません」
「・・・!?」

述べられた言葉に驚きながらも知られる訳にはいかないと冷静を装うイオン。
だが、にそれが通じる訳もなく、イオンが何かを言おうとする前に先手を打ち再度話を始める。

「貴方がレプリカであると言う事実を私は知っている。だから、"導師イオン"として振舞う必要はない」

口調の変わったの様子にイオンはそうですかとしか返す言葉がなかった。
彼女の言葉を否定する事が酷く何故か躊躇われた。
だが、"導師イオン"として振舞う必要はないと言われた所で彼にはどうすればいいのか判らなかった。
自分は"導師イオン"の代用品として生まれたのだ。
だから、代用品は代用品として生きるしかない。
即ち"導師イオン"になると言う事である。
自分が何かと問われれば導師イオンであると自分は答えるだろう。
しかし、目の前のは"導師イオン"として振舞う必要はないと言う。

("導師イオン"ではない僕なんてありはしないのに・・・・)

代用品である以上それ以下でも以上でもないと思っているイオンは困惑するばかりであった。
そんなイオンには小さく成るほどなと呟くと微笑みイオンに告げた。

「私はオリジナルであるイオンとは親しくてな。お前をイオンと呼ぶには少し抵抗がある。
だから、お前にお前だけの名前をつけて呼びたいと思うのだがどうだろうか?嫌か?」
「え・・・でも、僕は・・・」
「代用品だなんて言うなよ。存在している以上お前はお前だ。
今は受け入れられなくてもいいし、単なる愛称だと思ってくれ。と言う訳で私はお前もシオンと呼ぶ事にする」

勝手にどんどん話を進めるの強引さに何度も驚き瞳を瞬くイオンに向かってそう告げる
戸惑うものの彼女も愛称の様なものだと言ったし、呼び方など何でも一緒だと思ったイオンは小さく頷いた。

「気に入って貰えたかは判らないがもし自分の名前としたくなったらシオンと言う名を使って欲しい」
「・・・はい」

そんな日はきっと来ないと思いながらも頷くイオン。
だけど、そのシオンと名づけシオンと呼ぶ彼女を見ている内に何か温かな想いが芽生えるたのを感じた。

(これは、なんだろう・・・?)

初めて感じる感情に戸惑いつつも彼女は再び口を開いた。

「早速本題なんだが私が今回来たのはきっとこうやって会うのは今日位だと思ったからだ」
「どういう、ことですか?」
「シオンなら判るだろう?私は生前のオリジナルのイオンを知っている。
モースにとっては邪魔で仕方ない存在であろう。だから、きっと私は消される」

事も無さげに自分は死ぬと言う彼女にイオンは目を丸くする。
常人は死を恐怖するものだと教えられた。
だが、目の前の彼女は恐れる様子すらない。
イオンは何か彼女は人とは違うと感じ取った。

「ま、そんな訳でこの機会を逃せば役職抜きでは会う事は出来ないと思ってな」
「あの、役職抜きで何故僕に・・・?」
「ん?どんな奴なのか見て置きたかった。それだけだよ。
私は誰が何と言おうとお前を代用品だなんて思えないからね。やはりお前はお前だよ。シオン」

言わんとしている意図が掴めずに首を傾げるとそっと頭を撫ぜられた。
優しいその行為をされたのは生まれて始めてで一体何を意味するのか判らなかった。
だけど、先程感じた温かな想いが再び胸に去来するのを感じる。

「お前はイオンとは違うし、ちゃんと自我を持っている。
きっと時間が掛かってもシオンは"シオン"を見つけられるよ」

自我が、自身があるというに何を返せばいいか判らないイオンは沈黙を守るばかりだった。
だけど、その様子ですら彼女を満足させるには充分だったらしく深く頷いて立ち上がった。

「さて、それでは行くよ。またね」
「・・・・あのっ!!」
「ん?」

そのまま立ち去ろうとしたを呼び止めたイオンは困惑しつつ、告げた。

「貴女が何を教えようとしたのか僕には判りません・・・でも、よく考えてみます。ありがとう」
「ん。それだけで充分だよ」

花咲く笑みを浮かべて踵を返したの姿をじっと扉が閉まりきるまで見つめた。
の姿が見えなくなるとイオンは自分の気持ちを整理しようと静かに瞳を伏せた。
今まで会った誰とも違うという存在は温かく優しく不思議な存在だったと深く心に刻みながら。