。入るよ」

返事を待たずして入って来たのは仮面を装着したシンクだった。
ヴァンとの一件以来、短期間で自分自身の力で知識を詰め込み、戦う術を手に入れて成長したシンク。
も勿論手助けはしたがそれでも殆どは独学である。
シンクがそこまで努力した理由は他でもないを守る為だった。
自分の唯一の居場所であるを守る為に自分に鞭を打ちながらも努力を重ねた。
そして、最近では総長であるの補佐をする様にまでなった。
そんなシンクの毎朝の日課は寝起きの悪いを起床させる事であった。






Desire 09







「・・・何度言っても本当に聞かないアンタには呆れるよ。ハァ・・・」

溜息を吐いたシンクは目の前のの姿を再び見てもう一度溜息を吐いた。
共に生活してて判った事の一つだがはどうにも人の目というものを気にしない。
今も男であるシンクが毎朝来る事も知っているのに
全裸でシーツを被って寝ているのだから困ったものである。
毎度起す度に注意をしているのだがそうやって寝るのが普通になっている彼女の癖は中々抜けなかった。
そして、今日も結局、いつもと変わらぬ姿だったという訳だ。

!!早く起きなよ!!今日も仕事がかなりあるんだからさ!」
「うぅ・・・?もう、少し寝たい・・・・」
「そんな希望聞く訳ないだろ?早く起きる!!」

何故、僕はこんな母親の様な事をしなければならないのだと思いつつも
結局、こんな彼女の姿を他に見られたくない為、他人には任さず自分が起しに来る。

(全く幾ら僕がそういう対象に入ってないからって・・・僕はアンタがそういう対象だってのにさ。)

まだ生まれて間もない奴が何を言うという話だろうがシンクは自分の感情をちゃんと理解していた。
最初はきっと親愛の情が強かったのだろうけれど、一番近くで彼女を見ている内にそれは変化していた。
今はが誰かと別の男と一緒にいるのだなんて絶対に耐えられないし、
そこまで至れば子供だろうが何だろうか恋情や愛欲なのだと判る。

(なのには未だに子供扱いばっかりで・・・更に言えば鈍い。それもかなり。)

でなければこんな無防備な姿を晒さないだろうと溜息を吐いた。

・・・いい加減にしなよっ!!」

そんな思案をしていると起きない事以外の怒りや苛立ちが募り、最終的にを乱暴に転がした。
すると、はベッドの上を転がっていき、最終的に反対側へと落ちた。
物凄い勢いで体を打ちつけた音が響き、の声にならない悲鳴を聞くとシンクはスタスタと部屋を後にした。
それから暫くして身支度を整えたが脇腹を擦りながらやってきた。

「・・・おはよう。シンク。今日は一段と凄まじい起し方だったな・・・」
「早く起きないアンタが悪い。ほら、さっさと朝食を食べる!」

シンクが持ってきた二人分の朝食に二人揃って手をつける。
これも最近の二人の日課となっていた。

「ああ、そうだ。今日はシンクは先に執務室へ向かってくれ。私は少し導師の所へ寄ってくる」
「ふーん。判った。そこの片付けてある書類を各部署に渡してから向かうよ」
「頼む」

はよく導師の部屋へと訪れると最初に聞いていたが最近は特に回数が多い。

(まあ、オリジナルは病弱でもうすぐ亡くなるから僕らが生み出された訳だし。)

そろそろ本格的に危ないのだろうかと思いつつ、食事を先に終えたシンクは部屋を後にした。
それを見ても素早く朝食を終えると導師の私室ではなく、オリジナルのイオンが寝かされている部屋へ向かった。

「イオン。今日、お前は死ぬ事になる」
「・・・判ってる。これからは僕の力で助けられなくなる。
ヴァンはかなりを疎んでいるから気をつけて。僕の心配は必要ないよ。巧くやる自信があるしね」
「ああ。では、始める」

イオンの体の限界まで待ち、病気の治癒をする事となっていたのだ。
これがイオンへの第一の報酬。
一息吐くとは何事もなくイオンの体に文字通り手を差し入れた。
ズブズブと呑み込まれていく片手は何とも異様な光景である。
イオンはその痛みのない不思議な侵入される感覚に目を瞬かせながらも終わるのを待った。
だが、待つ間もなくはあっさりと終わりを告げた。

「終わった」
「え・・・?」

何をしたのかよく判らなかったイオンだったがすぐにそれを実感する事となった。
体が軽く健康だった時と変わらない。
いや、それ以上に動きが軽やかだった。

「どんな風にして治癒したのかされていたのに全く判らなかった・・・・」
「まあ、そうだろうな。簡単に言えば毒をもって毒を制すって感じなんだがな。
それだけまあ、強過ぎる力だと言う訳だ。死人間際の者にしか使えない困った治癒能力だよ」
「・・・の説明に期待はしてなかったけど判り難過ぎ。
だけど、取り合えず治ったのは判ったよ。ありがとう。。本当には預言を覆した」

素直な謝罪に微笑んだだったがそのまま首を横に振った。

「まだ礼を言うのは早い。イオンにはまだ暫く協力してもらうのだから。
でも、たぶん、最終的に礼を言わなければならないのは私の方になるだろうしな」
「そうかもしれないね。じゃあ、僕はそろそろ行くよ。隠し通路から出れば後は自分で行けるしね」
「判った。では、こちらも仕上げをしておく」

とイオンは互いに自分のすべき事を確認し合うとどちらからともなく抱擁を交わした。

「絶対に死ぬな。
「ああ、また会う日まで必ず生きてお前の元にアリエッタを連れて行く」
「それだけが望みじゃなくて本当にには生きていてほしいんだよ。だって、家族だろう?」

その言葉に苦笑してわかっていると呟くと今度こそ二人は別れた。
そして、は死体の工作をしてその場を後にしたのだった。
数時間後、教団内は微かな騒がしさを見せた。
勿論、それを感じ取れたのは限られた人々だけであろうが。

「・・・死んだみたいだね」
「ああ、私が会った直後にみたいだな」
は悲しい?」

シンクの質問が意外で驚いたがすぐには瞳を伏せた。
本当は死んでいないなんてシンクには言う訳にもいかない。
だから、イオンが死んだと想定した答えを返した。

「悲しくないと言えば嘘になるな」
「ふーん・・・ねぇ、もし、もし、僕が・・・いや、いいや」

曖昧に言葉を切ったシンクが尋ねようとした事が判らないではなかった。
だから、彼をそっと抱き寄せて子供を諭す母の様に優しくは紡いだ。

「私はお前が死んだら勿論悲しむよ。シンクが大切なんだから当たり前だろう?」
「そう、だね。僕だってアンタが死んだらきっと・・・悲しい」

居心地の良いの腕の中でシンクはそっと瞳を伏せた。

(きっとアンタ以上に僕はアンタが死んだら悲しい・・・
でも、アンタはどれ位悲しんでくれるのかな?オリジナルと同じ位なのかそれともそれ以上?それ以下?)

答えのない問いを巡らせてそれでも今はこの幸せだけでいいかと静かに瞳を伏せるのだった。