「アッシュ特務師団長、何事もなく帰還したみたいだな」
「・・・。お前その呼び方やめろ。気持ち悪い」

茶化す様なの言葉にいつも以上に眉間に皺を寄せるアッシュ。

「あははっ。いや、お前も成長したものだと思ってな」
「何、老人みたいな事言ってやがる。まあ、年齢も年齢か」
「・・・お前、女に年齢の話は禁句だぞ?こうしてやるっ!!」

茶化された仕返しに憎まれ口を叩いたアッシュにが後ろから抱きついた。
アッシュはそれに顔を真っ赤にすると離れろと暴れ出した。

「・・・何してんのさ」

そこにを迎えにきたシンクが冷静に突っ込んだ。






Desire 12







「お、シンク。今ちょっとお仕置きを・・・」
「されるのはアンタの方だよ。全く仕事を抜け出したかと思いきやこんな所で遊んで」

総長付属副官として補佐をしているシンクは溜息を吐きながらそう言ってを連れ戻そうとする。
すると、が離れた事で冷静さを取り戻したアッシュの鋭い瞳と目があった。

「何か?」
「別に」

淡々と言い合いながらも二人はを放って互いに睨み合う。
この二人が仲が悪いのは主にが原因である。
共にが親代わりをしてくれたという事もあるが
それ以上の特別な感情をに対して抱いている事が大問題だった。
しかも、その事を互いが気付いているのだから険悪にもなるというものである。
しかし、はこの睨み合いを見ても
普段シンクが自分以外と話をするのが珍しいので仲が良いんだなとしか思っていない。
自分に対する好意に鈍い結果がこんな状況を生んでいるとも知らずに。
が二人が動かないので仕方なく温かくその様子を見守っていると後ろから言い争う声が聞こえた。
段々と近付いて来る声に聞き覚えがあると思って振り返れば言い争っていたのはアニスとアリエッタだった。
導師守護役の交代以来、猛烈に仲が悪い二人にあー・・・と思いながら仕方なく仲裁しに近寄る。

「返してー!アリエッタのイオン様を返してよっ!アニス!」
「うるさいなぁー!仕事なんだからしょうがないでしょ!だから、根暗ッタって言われるんだよ!」
「アニスの意地悪!アリエッタ、根暗じゃない!」
「あーあーあー・・・二人ともそれ位にしなさい」

の仲裁の声で二人揃っての方に勢いよく振り返った。
アリエッタはの姿を確認するや否や小柄な身体でタックルするが如き勢いでに抱きついた。
思わず後ろに倒れそうになるがそれを両足で何とか踏ん張ると
背丈の低いアリエッタに視線を合わせるべく、顔を下に向けた。

「総長!アニスがアリエッタの事根暗って意地悪言う!!」
「アンタ、総長にチクる!?普通!!大体、アリエッタが勝手にいちゃもんつけてきてるんでしょ!」
「判った!判ったから!ほら、もう喧嘩は御終い!
アリエッタはこれから任務だし、アニスはこれから私と鍛練だろう?」

幾度か二人の仲裁をしてきているはそう言ってうまく二人を離れさせる。
アリエッタもアニスも渋々と言った感じで納得する。
しかし、アリエッタはすぐにに再び抱きついて口を開いた。

「・・・総長、アリエッタが帰ってきたらまたアリエッタに特訓つけて!
アニスなんかこてんぱんにしてやるんだから!それとアリエッタ、総長の作った料理また食べたい!」

若干火に油を注ぐ事を言っているアリエッタだったが
アニスは何とか堪えたのを横目で見てわかったよとアリエッタの頭を撫でる。
すると、アリエッタは嬉しそうに微笑んで元気にいってきますと告げてこの場を後にした。
姿が見えなくなるとすぐさまアニスがアリエッタに代わって詰め寄ってくる。

「総長ってばアリエッタに甘過ぎっ!!」
「アニス、あの子の気持ちも判ってあげてくれ。あの子は少しアニスより精神的な面で幼い。
だから、命令だと理解していても納得し切れないんだよ。許してあげてくれ。頼むよ。アニス」

の真摯な態度にアニスはうっと言葉を詰まらせる。
導師守護役に就任してからよく接する様になり、更には身分も全然違う自分にここまで優しくしてくれる
大人を信じれなくなっていたアニスにとって初めて信頼できると言う存在。
ましてや人形士となった自分の師匠となってくれたにそんな風に頼まれてしまえば反論なんて出来なくて。

「うー・・・判りましたよぉ!悔しいけど総長がそう言うなら・・・
その代わり、また新しいレシピ今度教えて下さいね!総長のレシピで作るとママやパパに評判が凄く良くて」
「そんな事でいいなら構わないよ。
じゃあ、そろそろ行こうか。アッシューシンクー!私は少し鍛練場に行って来るからな!」

二人に向かってそう叫ぶとアリエッタとアニスの喧嘩にすら気付かず睨み合ってた二人がはっと我に返る。
シンクは慌てて片手に持っていた書類を叩き、に声を掛けた。

!!アンタ、仕事はどうすんのさ!!」
「そんなに掛からないから戻ってからするよ。それまで書類の分類だけ頼む。アッシュも報告書提出してくれよ?」

それだけを言い残して、反論される間も置かずにさっさとアニスと共に鍛練場に向かった。
目的の場所に到着すると何故か鍛練場は白煙に包まれていた。

「・・・・何事だ?」

が首を傾げながら近付くとガラガラっという音と共に耳を劈く様な声が響く。

「きぃいいいいい!!ラルゴ!貴方、力入れ過ぎです!!壊れちゃったじゃないですか!」
「ディスト、力一杯やれと言ったのはお前だろうが」
「言い訳は聞きたくありません!!・・・っておや?じゃないですか!」

どうやら何か実験をしていたらしいディストが失敗を起したらしいと
状況を理解するとディストが丁度の姿に気付いた。
ラルゴもの登場にこれ以上ディストが煩くならずに済むとほっと胸を下ろした。
ディストにはどうにもアニスの姿が見えてないらしくに近付いて嬉しげに話す。

「もしかして私に会いに来てくれたんですか!?!」
「?いや、今日はアニスの特訓を手伝いにな。ほら、アニスは人形士だろう?
アニスの知り得る限りで他に人形士として戦術を教えれるのは私だけだろうからな」
は様々な戦闘法をご存知ですからね!私が作った人形は役立ってますか?」
「ああ、こういう譜業技術はお前が一番だからな」

ありがとうとが微笑めばディストは鼻を押さえながら首を縦に嬉しそうに振った。
それを見てラルゴが少し同じ六神将である事に頭痛を覚え、
の隣に居たアニスがうわぁー・・・と呆れた様に声をあげた。
はと言うと相変わらず変な奴だなと見守るだけでその姿にラルゴとアニスが鈍過ぎると思うばかりであった。

「あーもー!変態死神ディストは邪魔だからどっかいってよ!」
「あ、アニス居たんですか?それに誰が変態で死神ですか!薔薇です!ば・ら!」
「どっちでもいいし、さっきからいたっつーの!
それに総長もさっきから私の特訓に来たって言ってたでしょ!?ほら、退ーくーの!!」

そう言うとトクナガを大きくしてディストを吹っ飛ばすアニス。
不意な事にそのまま吹っ飛ばされたディストの悲鳴が聞こえたが最終的に端の壁に埋まっていた。

「あー・・・大丈夫だろうか?ディストは」
「総長が気にせずともあの程度では死なぬだろう。では、俺も用が済んだし、失礼する」
「ああ。またな。ラルゴ」

ごたごたの御陰で開放されたラルゴはそう言うと鍛練場を後にした。
そこで漸くとアニスは特訓を始める。
ディストは壁にぶつかった衝撃で気絶しているが大した怪我もない様なので放置された。

「それにしてもアニス。中々、トクナガの扱いに慣れて来たみたいだなぁ」
「うん。流石のディストもこう言うのは得意だからさ。本当に使い勝手よくて」
「そうだろうな。私の人形はトクナガとはまた違うタイプだが使い易いしな。
まあ、それだけ操れる様になったんなら今日は譜術の強化も折込ながらするか」

アニスにそう告げて準備する
特殊な絃に繋がれた小さな人形がの言葉に呼応して大きくなる。
それを繰り返し準備を進めるにアニスが不安げに瞳を揺らし、躊躇う様に小さな声で呟いた。

「・・・総長、今晩は部屋を出ない方がいいよ」
「・・・ん?何か言ったか?」
「ううん!!何でもない!!」
「そうか。じゃあ、始めるか」

呟いた言葉が聞こえて居なかったに尋ね返されるが誤魔化す様に首を振ったアニス。
でも、その胸中は不安で一杯だった。
イオンの事についてモースに報告に言ったアニスが帰り際に聞いた言葉。

『主席総長がそろそろ邪魔だ。今夜あたりに消してしまえ。』

モースのその言葉がどうにも不安で仕方なかった。

(誰に言っているのか判らなかったけど総長なら大丈夫、だよね?)

神託の盾騎士団でトップの実力を持つならきっと何があっても大丈夫だと自分に言い聞かせるアニス。
表立って警告したかったけどそうなれば自分の両親や自分がどうなるか判らない。
結局、我が身が可愛い自分にアニスは複雑な思いを抱きながら何事も無かった様に努めた。
一方、は先程アニスが漏らした言葉を実は聞き漏らしておらず、心中で様々な想いを巡らせていた。

(嗚呼、そうか。今晩だったか・・・ごめん。皆、暫く御別れの様だ。傍にまだ居てやりたかったな・・・)

自分の得たい未来の為に暫し別れる皆に心の中で謝罪した。
勿論、それは決して誰にも聞かれる事はないものでただの自己満足だったが。
それでも、謝らずには居られなかったのだった。