「僕は一体何をすればいい?」
と、尋ねてきた彼の言葉には三つの願いを申し出た。
一つ目は導師着任と同時にをローレライ教団神託の盾騎士団主席総長に着任させる事。
二つ目はヴァンには好意的に接し、計画に乗っていて貰いたいと言う事。
三つ目は親しい者にもこの計画について漏らさぬ事。
その三つの願いにイオンは逆に驚き目を見張った。
「本当にそれだけでいいの?」
「ええ、今の所は。大変なのは貴方が導師になってからだからな」
「成程・・・解ったよ。手筈は整えておく」
達はそれだけ言葉を交わすと互いに頷き、それぞれ教会と街へと別れた。
は街へと戻るとその足でダアト港へと向かった。
Desire 02
「あー・・・寒い」
温暖な気候のダアトと違い、
白銀が辺りを覆う銀世界の街ケテルブルクに到着したは自身を抱きながら身を震わせた。
イオンと別れて直ぐにここに来たのにも訳がある。
時期が来て自由に動く事が出来る様にある人物とのパイプを作りたかったのだ。
これに失敗すればかなりやり難くなるのは必定なので失敗する訳にはいかなかった。
は両手に自分の吐息を掛けて両手を擦ると急ぎある屋敷に向かった。
貴族の屋敷と言う事もあり、容易に忍び込めるものでもなかったが
培ってきた経験と飛び抜けた運動能力で壁を声で屋敷の二階に直接侵入する。
屋敷の中に入ったと同時に溜息をついて扉から出てきた男を目にする。
は素早く彼の口を塞ぎ、室内へと引き戻した。
そして、数分後。
「オズボーン子爵、どうかこの事は内密に御願いします。後は私が根回しをしますので」
「良き計らいを御願いします」
交渉を終えたはその男―――オズボーン子爵に送られて帰りは堂々と玄関から出た。
交渉が数分で終わったのは恐喝でも何でもない。
ただ、オズボーンが溜息を吐いていた原因である悩みを解決してやったからに過ぎないのだ。
は屋敷を後にするや否やケテルブルクの港へ駆け出した。
到着してみればそこには今にも互いに背を向けて歩き出しそうな二人の男女。
それを見たは急いで駆け寄り去ろうとしていた男女の腕をそれぞれ引いて止めた。
驚いた二人がいきなり腕を掴んで来たを見て困惑した表情を浮かべていた。
それもそうだろう。
何せ顔も知らぬ女性からいきなり手を引かれて止められてしまったのだ。
それも物凄い必死な形相で。
「ネフリー・バルフォアとピオニー・ウパラ・マルクト9世」
「「・・・・!?」」
いきなり名前を告げられた二人は驚きを見た。
ピオニーは咄嗟にネフリーを自分の背に隠し、に警戒を見せる。
「お前、何者だ?」
「生誕預言によって別れそうな恋人同士に幸福を持って来た者だよ」
「何でそれを・・・!?」
急な事に全く持って意味が判らないと困惑している二人には静かに告げた。
「オズボーン子爵とは話をつけてきた。貴方達が別れる必要は無い。
勿論、預言に逆らう訳にも今はいかないがそれも手を打たせて貰った」
「どういうことなの!?」
まだ警戒の意を表すピオニーの後ろからネフリーがそう問い掛けて顔を出した。
は話を聞き入れて貰いそうだと心の中で思うと事情を説明した。
「私は次期ローレライ教団導師となられる方より内密に任を受けた者。
これはまだ誰にも知らされていない事だが今よりそう遠くない未来にこの世界は変わる。
預言に沿って生きる世界ではなく、預言を一つの選択肢とする世界へと」
「・・・預言に振り回されず自分の意志で生きる世界にって事か?」
流石に次期皇帝の貫禄か冷静に状況を掴み出したピオニーには微笑んだ。
「その通り。俄かには信じられないと思うがこれは現実に起こる。
物的証拠はないし、今は預言に沿って生きるしかない。信じるかどうかは貴方達次第だ。
だが、オズボーン子爵は信じてくれたよ。彼もこの結婚には些か不満があるようだったのでね」
「彼も私達と同じ様に・・・?」
何となくネフリーは察したのかそう口にする。
は頷き、両者を見て告げた。
「そこで私はある提案をした。今回の結婚は文字通り行うがこれは見せかけ・・・偽装にすると」
「偽装結婚!?」
「そうだ。言った通り今すぐに預言は覆せない。なので、数年見せ掛けの結婚をと進言したのだ。
預言の無い世界になれば預言で決められた結婚だったからと早急に別れる事も出来るが今は無理なのでな」
「だが、お前の言う通りになるという物的証拠はやはりないんだな?」
の言葉にネフリーが少し嬉しそうな表情を浮かべたがそれを制す様にピオニーが真剣な面持ちで尋ねた。
「ああ。物的証拠はない。信じるか信じないかは貴方達の自由。この提案に乗るか乗らないかも自由」
「ピオニー・・・」
どうする?と首を傾げたに不安そうなネフリーの言葉が響く。
そう、彼女の言っている事には全て確証はないのだ。
目の前にいるが言っている事は全て嘘かも知れない。
(だが、目の前にいる女が嘘を吐く事に何の意味がある?)
ピオニーは思案するが彼女に得になる様な事があるとは思えない。
更に言えば自分達と話す彼女の瞳はどこまでも誠実で権力などを求める人間には見えない。
人間を見る目だけは養っているつもりだとピオニーは思うと深く考えた後、ネフリーに向かって告げた。
「俺はネフリーと別れる位ならこの正体不明の女を信じてみたいと思う」
「ピオニー、本気なの?」
ネフリーは少々驚きながらも信じてみたい気持ちがあるの様でそう告げた声は少し希望の色が見え隠れしていた。
ピオニーはネフリーに向き直り、力強く頷いた。
「と言ったな?」
「ああ」
「お前の目的が何なのか俺には分らん。ただ、お前が嘘を告げていないという事だけは直感で判る」
結局は信頼できると断言は出来ないが信じてみたいと言うのが心情なのであろう。
はそれを重々承知した上で続く言葉を待った。
「だから、お前と言う可能性に俺は、賭ける」
力強いその言葉にネフリーはピオニーを見つめた後、同意するように瞳を閉じて頷いた。
それを確認するとも深く頷き、手を差し伸べた。
「今より契約は結ばれた。必ず幸福な未来が来る事を約束しよう」
「・・・頼む」
地位や権力があっても如何する事も出来ない預言で雁字搦めにされている世界。
そんな世界に抗う事が出来る唯一の方法が彼女だけだとは自分が情けないと思いつつもピオニーは手を握り返した。
再び繋がれた縁。
その先に待つものを知り得るは同じ運命を何度も辿ってきただけだった。
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