「久しぶりだね。。・・・否、ローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団主席総長謡将」

にっこりと表向きには穏やかな笑みを浮かべてイオンがそう言った。
しかし、その瞳の奥は若干の皮肉とこれからの動向を楽しみにしていると言う色が見え隠れしている。
やはりこのオリジナルとなるイオンは曲者だなと少々苦笑した。

「導師イオンも御健在で何よりです」






Desire 03







久々の面会を果たし、仕事や計画についての話を軽く済ませると
少し小さめのノックが聞こえて小さな桃色の髪の女の子が顔を覗かせた。

「イオン様・・・今、お話中・・・?」

おどおどと見慣れぬの姿とイオンの姿を見比べて尋ねる。
大きな瞳は失敗した事の叱責を恐れて微かに揺れている。
はそんな少女を放っておけず、その少女へとゆっくりと近付いた。
近付いてきたの様子に少し驚き、イオンに助けを縋る様に視線を送る少女。
しかし、イオンは丁度いい機会だと安心させる様に柔らかく微笑んだ。

「アリエッタ。入っておいで」

イオンの言葉に忠実な少女――アリエッタは恐る恐る部屋へと入室した。
まだ幼い彼女の前には片膝をついて目線を合わせると片手を彼女に差し出した。

「導師イオンより話は聞いている。私は今日より神託の盾(オラクル)騎士団主席総長に就任しただ。
気軽にと呼んでくれて構わないからね。よろしく。小さな導師守護役(フォンマスターガーディアン)のアリエッタ」

目を大きく見開くとを注意深く見てゆっくりとの手に自分の手を重ねたアリエッタ。
だが、やはり人見知りしやすい彼女はその手をすぐに離してイオンの元へと駆けていった。
その様子に苦笑を浮かべながら立ち上がるともイオンの元へと向かう。
イオンの背に少し隠れてを見つめるアリエッタにイオンは優しく諭した。

「アリエッタ。彼女は君を取って喰ったりしないよ。
そうだな・・・お姉さんもしくは第二のお母さんだと思えばいいと思うよ?」

お姉さんはともかくお母さんと言われたは思わず顔を引き攣らせた。

(ここまで大きな子供を持つ年齢でもないぞ!?この時はの話だけど!!)

心の中で悪態を吐きつつ、イオンの言葉によって少し距離を縮めてきたアリエッタを見つめる。
暫く一歩前へ出たり、一歩後ろに下がったりしているとついにアリエッタはの前まで近付いた。

「・・・総長はアリエッタの人間のお母さんになってくれるの?」
「そうだね。母だと思ってくれてもいいし、姉だと思ってくれても構わないよ。
私もアリエッタとは仲良くしたいし、イオンも入れて家族だと思ってくれていいよ」
「家族・・・アリエッタの家族・・・嬉しい・・・」

家族という言葉の響きに漸くアリエッタは緊張を解し、笑みを浮かべてくれた。
とイオンもそんなアリエッタの言葉に思わず和やかな気持ちになる。

「よかったね?アリエッタ」
「うん!アリエッタ、嬉しいです!」

花開いた少女の笑顔にイオンと違って可愛いなと失礼ながらも
微笑ましく見守っているとアリエッタはに振り返った。
そして、の手をとって急に真剣な表情を浮かべる。

総長。アリエッタ、御願いがあるの」
「・・・?御願い?」
「アリエッタ、イオン様を守りたい!だから、先生になってほしい、です」

唐突な申し出に驚きながらもは少し思案する・・・素振りを見せた。
当初より答えなど決まっているので敢えて振りだけである。

「そうだな・・・互いの仕事の合間でいいならば構わない」

その言葉に再び笑顔を浮かべるとアリエッタは勢いよくに抱きついて喜んだ。
もそんな可愛らしいアリエッタを抱き返してやると前方からもの凄い殺気と嫉妬の視線が飛んでくる。
恐る恐る顔を上げれば笑顔ながらも恐ろしいオーラを漏らしているイオンの姿が見えた。

(・・・女にまで嫉妬する事なかろうに。)

心のなかで嘆息しつつ、アリエッタから離れるとイオンに再び向き直る。

「では、私はまだ荷物の片付けが済んでいないので失礼させて頂きます」
「そうだね。また何かあったら呼ぶよ」
「はい。じゃあ、アリエッタ、しっかりイオンを守るんだよ?いいね?」
「はい、です!」

アリエッタの髪をくしゃりと撫でて扉を後にすると進行方向の廊下の先からこちらへとある人物が歩いてくるのが見えた。
その人物は、にとっての最大の敵である人物であった。

(ヴァン・グランツ・・・!)

思わず殺意による鋭い視線を向けそうになったが心の奥底にそれを沈めて一呼吸吐く。
そして、ゆっくりと顔を上げると笑顔をを浮かべてこちらに歩いて来たヴァンに声を掛けた。

「君がヴァン・グランツか?」
「?はい。そうですが・・・貴女は?」

唐突に声を掛けられたヴァンは少し怪訝そうに目を細めた。
だが、は笑みを浮かべたままヴァンに片手を差し出して告げた。

「今日より神託の盾(オラクル)騎士団主席総長に就任しただ。よろしく」
「貴女が・・・初めまして、よろしく御願いします。それより、何故私の名前を?」
「導師イオンより耳にしてな。とても優秀な者が居ると」

本当は元から知っていただけなのだがはイオンなら話を合わせるだろうと思い、会話を続けた。

「そうでしたか・・・ですが、いきなり主席総長となられた様には到底及びません」
「いや、そんな事はないだろう。私は様々な武術や剣術に精通している事とデスクワークを買われただけさ」

冗談めかして笑えばヴァンも少し警戒を解いた様に微笑んだ。
この男も決して完全な敵とは言えぬのだとその瞬間、ふと思う。
だが、最終的には相容れぬ道に進む者。

(私の求む未来の為に、きっと私は迷わず今度こそ殺す。)

決意を新たにするとは今気付いたかの様な素振りを見せて口を開いた。

「おっと、呼び止めてしまったが私もそろそろ行かねば今日中に部屋が片付きそうもない」
「そうですか。では、私も用があるのでこれにて」
「ああ、また時間がある時にでも話をしよう」

互いにそう言うとその場は何事もなく、別れた。
は今はまだ泳がせてやると心の中で呟き部屋へと向かったのだった。
だが、ヴァンは一度足を止めて部屋へ向かうに意味深な視線を送っていた。