「被害がかなり大きいから他の教団員からも
ぜひ総長に指揮をという訳だからダアト近辺の魔物討伐の指揮をがしてくれない?」
「・・・それは御願いではなくもはや命令だろうが。絶対断るなって目で見るな」

見ていた被害報告書を机の上に置くと呆れた様に溜息交じりに抗議する。

「判ってるなら行って来てよ」
「・・・はい」

そんな言葉も結局、目の前の腹黒導師の前では無意味で了承の意だけを告げると部屋を後にした。

「今残っている人員から討伐隊を構成するとしたら接触したくない奴も入れなきゃならんか・・・」

頭が痛くなる問題に直面し、イオンを相手する時並の頭痛を覚えながら
私室に向かいつつ、討伐隊の構成を考えるのであった。






Desire 06







早急に構成された討伐隊は十数名程の小さなものであった。
討伐する魔物がダアト近辺の森深くにいる為、大人数で動けば襲われた際に動けなくなる事がある。
それ故に少数精鋭の隊が組まれたのだ。
その隊の中にはアッシュの姿もあり、常にの隣で控えていた。
アッシュは最近では目覚しい活躍を振るう有能な剣士となっていたし、不安はない。
むしろ不安があるとすれば連れてきたヴァンの方である。

(背後から魔物と勘違いしたと言われて斬られてもおかしくないからな。
まあ、今はそんなに目立った行動はしないだろうけれど。たぶん、な。)

誰にも聞かれぬよう小さな溜息を吐きつつ先頭で歩みを進める。
だが、そんなの様子に近くに居た洞察力の高いアッシュは首を傾げて尋ねた。

「どうかしたのか?
「今は任務中なのだから総長とつけないか。ま、いいが」
「質問に答えろ」
「どうもしないさ。お前は心配性だな。アッシュ」

別にそんなんじゃないと言ってそっぽを向くアッシュに苦笑を漏らしつつも本当に何でもないんだともう一度続けた。
だが、アッシュは納得がいかなさそうにを見て眉根を寄せた。
が、その時、大きな何かが蠢く気配が感じられ、討伐隊に緊張が走る。

「全員止まれ!!来るぞ!」

がそう声を掛けた瞬間、前方より魔物が飛び出してきた。

「ドラゴン!?ザレッホから降りて来たのか!?」

若干小さいが現れたドラゴンに間合いを開く。
が、敵はここが森だろうと御構い無しで炎を吐いて来た。
それを見たが数名の教団員に命じる。

「後方!!譜術が使える者は数名、炎の鎮火を頼む!」

その言葉に了承の声を上げると素早く消火活動が開始された。
しかし、それもこれ以上の被害が広がれば持つまいと考えたは一気に叩く事を決める。

「消火活動をしている者以外は暫く時間を稼いでくれ。一気に叩く!合図をしたら即離れろ」

は言うや否や譜術の詠唱に入った。
いつもなら詠唱破棄でいくが今回ばかりはそうもいかないと上級譜術を物凄いスピードで唱える。
その間、攻撃をアッシュが率先して弾いていくがドラゴンともなれば力も相当なものである。
一瞬怯んだその隙にに攻撃が迫る。

!!」

アッシュが叫ぶ中、はそれでも詠唱を続けた。
攻撃が直撃する寸前、一人の影がの前に立ちはだかりその攻撃を止めた。
それは黒獅子の異名を持つラルゴであった。
ドラゴンの前足を弾き、一度攻撃を入れると再び迫ってきたドラゴンの前足を再び防ぐ。
その時、詠唱を終えたが叫んだ。

「後退しろ!!」

声と同時にラルゴは攻撃を弾くと他の者達と一緒に後ろへと下がった。
全員が後退した瞬間には譜術を素早く発動する。

「静寂の森に眠りし氷姫よ。彼の者に手向けの抱擁を――インブレイスエンド!!」

魔物の咆哮が高らかに森に響くと暫くの間を置いて魔物は倒れ、それ以後動かず静かに消えていった。
そこで漸く息を吐くとは全員に号令し、帰還命令を出した。
その道すがら後方に居るラルゴの姿を見つけると歩く速度を落として近付いた。

「ラルゴ」
「総長・・・」
「先程は助かった。礼を言う。ラルゴの助けがなければ自分の身も危なかったであろう」

礼を言われるとは思って居なかったラルゴは目を丸くした後、短くいいえ、と返事を返した。
無理をして使っている敬語には笑うと普段通りに話して構わないと告げた。
その申し出にラルゴは恐縮するものの最後には根負けして普通に話し始めた。

「一つ聞いても構わぬだろうか?」
「なんだ?ラルゴ」
「先程の魔物の攻撃、"漆黒の聖女"と謳われる貴女ならば避けて詠唱をする事も出来たのでは?」

ラルゴは確信した口調でそう問うた。
それには一時きょとんとするがすぐに笑って答えた。

「それを疑問に思って難しい顔をしていたのか。ああ、避ける事は出来た。
だが、避けれるとも判断していたがすぐにお前が飛び出してきたのが目に入ってな」
「だから、避けなかったのですか?」
「ああ。お前の力量ならあの攻撃を抑える事も出来ると知っていたからな。
それに敢えて避けてしまい譜術が万が一暴走しては意味がない。
一番の理由は部下皆の腕を信用していたと言うのが大きいがな。勿論、お前の腕も」

事もなさげにはっきりと告げたの姿にラルゴは驚き、口を噤んだ。
彼女が噂されて尊敬される人物である事が真に理解出来た瞬間だった。
という人物は人間として大きいのだ。
通常の人よりも人を慈しみ愛し信じる。
それは簡単な様で簡単でない事であり、彼女が人として敬われる大きな理由となっているのだ。
勿論、それと共に人の力量を一瞬で見分ける程の力量も持ち合わせているが。

(だからこそ、ヴァンは警戒を示すのか・・・)

ヴァンの計画に携わっている者としては確かに警戒すべき人物であろう。
それでも、不思議と親しくしたいと言う想いが浮かぶ。
しかし、自分の選んだ道を引き返すつもりは毛頭なかった。
預言(スコア)という忌々しい存在により亡くなった愛しい命の為にも。
ラルゴは帰る道すがらただ、言い様のない思いだけが胸中を支配していた。
一方のはラルゴが何も話さなくなったのを見て
何か想う所があるのだろうと思い、邪魔になってはいけないと前方に戻った。

「何をしていたんだ?」
「アッシュ。いや、ラルゴに礼をな」
「ふん、術の暴走などする筈がないのだから避ければいいものを」

アッシュはの人柄を見抜いていた為、避けなかった理由を知っていたようだった。
それだけではなくその声色の中には自分に力がもう少しあればという想いが込められている様にには聞こえた。
はそんなアッシュを見てそっとにアッシュの手を取った。
手を握られた本人は目を丸くするのも束の間、すぐに顔を赤くした。

「おまっ!!」
「大きな声を上げると逆に目立つぞ?それとこんな夜道だ。誰も気付かん」
「そう言う問題じゃ・・・」
「はいはい」

簡単に反論を受け流すにアッシュは最後には反論する気力を失くし、朱色の頬を隠す様にただ下を向くばかりだった。