イオンとの関係に変化があってから一年。
はある人物を求めてザレッホ火山火口付近へ向かっていた。

「ヴァンに先を越される訳にはいかない・・・」

火山の中を漂う溶岩より発せられる熱に汗を流しながらも進む。
記憶を頼りに歩いていると大きな岩の後ろに何かが蠢くのが見えた。

「見つけた・・・」

それはが捜し求めていたイオンレプリカの五体目―――シンクの姿だった。






Desire 08







「生きたいのならこちらへおいで」

今まで聞いた事のない声にその影は警戒する様に姿を現した。
戸惑う様子を見せるも何処となく言葉の意味を理解し始めているのだろう。
知能や理解力の高さがそうさせているのだろうなと思うとは再び声を掛けた。

「私はお前を捨てたりしない。だから、おいで」

彼はその言葉に少し考えると意味を理解した様に
その跳躍力を駆使して一瞬での目の前まで来た。
は安堵する様に微笑むと彼にそっと自分のロングコートを着せて抱え上げた。
普段自分の身の丈以上の刀を軽々と片手で振り回すだけあって腕力は通常の男性よりもある方だ。
女としてはどうかと思うが傷を悪化させぬ様に優しく安全に彼を運べるこの力にはありがたい。

「私はだ。解るか?」
?」
「そうだ。それが私の名だ。そして、お前にも名を与える。お前はシンクだ。
私の世界で深い紅を意味する名。炎から舞い戻った様なお前にはぴったりだろう?」

語り掛けられる言葉の全てを理解出来ないシンクは何度もただ、自分の名前との名前を反復させた。
拙い幼さを感じさせる姿を微笑ましく見守ると歩みを進めてザレッホ火山を降りて行く。
ふいに声が止んだので前を見ていた視線を手の中の存在に向けるとシンクは静かな寝息を立てて眠っていた。
そんなシンクの髪をそっと撫ぜてやり、額に口付けを落とした。

「シンク・・・お前は私が守るよ。絶対に」

優しくそう呟いては誰にも見つからぬ様、ダアトに足早に戻るのだった。
そして、翌日。
朝日の光に目を覚ましたシンクは体をゆっくりと起した。
自分の体を見ると怪我をしていた場所に包帯が巻かれていた。
包帯越しでも擦れる度に襲う火傷に顔を顰めるがそれも束の間だった。
軽いノックの音と共に様子を伺いに来たがやってきたからである。

「おはよう。シンク。怪我はまだ痛むか?」
「・・・痛い」
「そうか。後でまた薬を塗ってやろう。幸い今日は私も休みだし、お前を見てやれる」

シンクは優しくそう告げて頭を撫でて来たを不思議そうに見つめた。
こんな扱いをされたのは初めてだというのが大きな要因だがそれ以上に彼女はどうして自分を生かそうとするのか。
様々な知識が欠けている幼子の様な彼にはまだ理解出来なかった。
は勿論、そんなシンクの不安を感じとっており、静かに告げた。

「色々判らない事が多いか?」
「・・・多い。は・・・生かす?」

何故、生かすのかと聞きたかったらしい彼の言葉を皮切りには様々な事を話し始めた。
シンクはその言葉の全てを理解出来ないながらも
自分が判らぬ言葉があれば繰り返すのではその度に丁寧に意味を教えた。
繰り返す内に時間は過ぎ去り日はやや真上から傾き始めていた。
そんな頃に丁度漸く話が終わり、シンクは自分の状況が理解出来た。
だから、問いを再度投げ掛けた。
最初の頃よりも語彙が多くなった彼なりの言葉で。

「やはり判らない。何故、生かす?」
「そうだね。私はシンクを死なせたくないと思ったからだよ。
存在したその瞬間からシンクも人であるしね。まだ、難しいかもしれないが」

の言葉は理解出来た。
だが、もっと大きな理由がある気がしたのだ。
しかし、今の様子から見るとはもうこれ以上は語らないのであろうと自然と理解出来た。
なので、それ以上は問わずシンクは口を閉じた。
その日はそれで終わったが次の日、仕事があると伝えに来た
部屋を出ぬ様にと言われた為、部屋で大人しくしていた。
窓から外を眺めて視覚から情報を吸収していた。
そんな折、不意に扉が開く音がしたのでシンクは静かに振り返った。
が帰ってきたのだと思ったのだ。
けれども振り返ったその先に居たのはではなく見知らぬ男であった。

(違う・・・こいつは見た事がある。)

シンクはまだ少ない記憶を辿り思い出す。
そして、生まれて廃棄処分をされる前に自分の額に触れた男だと気付いた。
自分に残念だったなと失敗作なのだと言っていた男だと。

「まさか、総長の部屋に居るとはな」
「・・・は居ない」
「そうだろうな。私はお前に用があったのだ」

不要だと言ったこの男が自分に何の用があるというのだろうかと怪訝そうに見ているのが不味かった。
一瞬で間合いを詰められて男はシンクの肌の露になっている胸に指先を宛がう。

「私はヴァン・グランツだ。お前は私の役に立って貰う。その準備をしに来たのだ」
「・・・・?・・・・!?」

理解が出来ないと目を細めた瞬間、胸元に宛がわれた指先から灼熱の痛みが奔る。

「うぁああっ!?」

痛みに悲鳴を上げるも何かを呟くヴァンの指先は止まらない。

・・・!!・・・!!)

シンクは悲鳴を上げる中、ただ、優しい笑顔を始めて向けてくれた人物の名を心の中で叫んだ。
涙を流す中、ヴァンは間も置かずに作業を続ける。
そして、背中にまでそれを施すとシンクの体をベッドに再び投げた。
まだ残る痛みに悶えているシンクをただ冷ややかな瞳で見下ろす。

「その譜陣はお前の力になる。恨まず私を感謝して貰いたいな。そして、強くなれ」

シンクは痛みに堪えながらも初めて自分に宿る憎悪と憤怒の感情のままにヴァンを睨みつけた。
ヴァンはそれを興味深く見つめて微笑むとその場を立ち去ろうとする。
しかし、一つの大きな音と共にその足は止められた。
シンクはその音に痛みで意識が薄れそうになるのを堪えて顔を上げた。
騒音の主は呼び求めていたでそのの顔は怒りに染まっていた。
殺意を帯びた視線はシンクの姿を確認するや否やヴァンに向けられた。
そして、ヴァンが何かを紡ぐ前には抜刀して間合いを詰めた。

(!?早いっ・・・!)

普段発揮されていないの真の実力の前にヴァンは為す術もなく、刀により肩を貫かれた。
鋭い痛みに顔を歪めるも不適に微笑んで告げた。

「これはこれは総長・・・何を怒っていらっしゃるのですか?」
「貴様、よくそんな事が言えるものだ。シンクに何をした!?」
「シンク・・・あのイオンレプリカの名ですか。私も教えて貰いたい。
誰にも知らされていないイオンレプリカの話をどこで知ったのですか?」

逆に問い掛けてきたヴァンには鬼気迫る表情で詰め寄る。

「あれだけの事をしていてこの私が気付かぬとでも?そんな事よりも質問に答えろ!?」
「そうでしょうね。知っているとは思っていましたよ。
しかし、どうしてあれを拾ったかまでは理解できませんね。貴方にとっては邪魔でしかないでしょう?」
「・・・そんな事はどうでもいいと言ってんのが聞こえねぇのか?ヴァン!」

怒りの余り粗暴な口調で尋ねるにヴァンは刺されていないもう片方の手で鳩尾に拳を叩きこんだ。
感情的になっていたはその攻撃に気付くのが遅れて微かに軌道は外せたものの拳を喰らってしまう。

「ゴホッ・・・!」

刀を抜き去りながらシンクの傍に下がったはヴァンを睨み付けながら咽返る。
後ろで微かに呻くシンクの声を聞き、は少し冷静さを取り戻した。
その姿にヴァンは嘲笑し、揶揄する。

「怒りに我を忘れるとは総長の名が泣きますよ?」
「煩い・・・貴様、失せろ。さもなくばその首転がる事となるぞ?」
「それは貴女も同じ事です。暫くは泳がせてあげますが深く関わればそうもいかなくなる事、忘れないで下さい」

ヴァンはそれだけを紡ぐと静かに部屋から出ていった。
は刀を仕舞い、扉が閉まる音を背で聞きながらシンクの元に駆け寄った。

「大丈夫か!?シンク!!」
「だい、じょうぶ・・・火傷より痛くない・・・は?」

本当は痛むのであろうがそれを堪える様に紡ぐ言葉にそっとシンクを寝かせ直す。

「私は大丈夫だよ。シンク、すまない。守るなどと約束しておきながら・・・・私がもっと早く気付けば・・・」

は完全に自責の念に囚われていた。
何度も巡ってきた筈なのに思い出せなかった自分のせいでシンクをこんな目に合わせてしまったと。
しかし、シンクは拙い自分の知識と経験だけでもが悪いのではないと理解していた。
だから、そっと苦しそうに歪められたの頬に手を伸ばした。

のせいじゃない。強くない自分が悪かった」

自分の中に巡る感情。
シンクにとって初めて感じる悔しさと怒り。
そして、目の前の優しい存在であるを愛おしいと思う感情が心を覆い尽くす。

、僕は・・・強くなる」

ヴァンに言われたからではなく、自分に生まれて初めて優しさを与えて守ると告げてくれたの為に。
自分は強くならないといけないのだと本能で感じたシンクだった。