何事もなく授業を終え、帰路へと着く途中。
私の平穏は終わる事となった。
一人の聖闘士の登場によって。






GARNET MOON

第三話 再会、そこから再び動き出す







「お前がか?」
「えっ?」

学校帰り、妙に身長のでかい男に声を掛けられた。
しかも黒スーツの外国人。
私にこんな知り合いは居ない筈だ。
が、その男は何やら写真だと思われる物と私を無比べる。

「写真と間違いないし、お前だな。来い」

一人で勝手に納得し、いきなり手を引いて歩き出す目の前の男。
楽天的な私でもさすがに焦って我に返り、抗議の声を上げる。

「ちょっと!待って下さい!!一体、私に何の用なんですか!?」

その声にようやく男は振り返ると少し恥かしげに事情を説明する。
どうやら説明した気で居たらしい。
一体どれだけ慌てていたのだ。
私は半ば呆れつつも話を聞く。

「・・・すまない。俺はカノンと言う。実は先日、お前に助けられたある方がお前に会いたがっているんだ」

カノンと名乗ったこの男はそういった。
私が助けたある方と言っているが心当たりがない。
一体誰の事だと頭を捻る。

「・・・・・・・」

が、誰だか考えている内にカノンは痺れを切らしたのかいきなり私を持ち上げたのだ。

「とりあえず、お前を連れいかなきゃならんのでな。ちょっと我慢していろ」
「ちょ、ちょっと!?」

叫び声も虚しく私は黒塗りの車に乗せられそのまま連れさらわれてしまった。
嗚呼、全く今日は厄日か。
そして、着いた先はどう見ても資産家とか財閥とかそう言う人の豪邸。
はっきり言って超が付く豪邸である。
素人の私が見ても高級だと判る調度品の数々や広大な敷地。
全く違う世界に来たみたいである。

「ここ、どこ?」

思わず呟くが返事は返ってくるはずも無い。
カノンと言ったあの男は報告があるとか言ってこの場にいないし。
というか連れてきた本人が居なくなるというのはどういう了見なのだ。
無礼にも程があると思いつつも取り敢えず大人しくソファに座る私。
逃げようとしないのは取り敢えず誘拐とかそういう線は無さそうだと感じたから。
私の感は大体当たるのだ。
いざとなれば武術の腕を披露するまで。

「で、一体私はどうなるんだろうか・・・」

ぼそりと溜息交じりに呟くとカチャっと微かな音がして扉が開いた。
ようやくかと思って振り返るとそこには驚くべき人物が立っていた。

「あ」
「先日はお世話になりました」

優雅に慣れた感じで御辞儀をする目の前の少女は確かに3日前に助けた人物。
そう、確か名前は・・・

「沙織ちゃん!?」
「はい。そうですわ。私の名前覚えてくれていたのですね。さん」

思い出した名前を呼んでみれば少女は柔らかに笑った。
本当に可愛い子だなっと思いながら釣られて私も笑い返す。

「いや、何だかとても印象的な可愛い礼儀正しいお嬢さんだったから」

素直な感想を述べると沙織ちゃんは少し照れながら笑った。
その幼さの残ったあどけなさが先日とは少し違うイメージを抱かせる。
大人っぽく振舞っているだけなのかなと何となく思った。
穏やかな雰囲気が流れた所でまた続いて違う人物が現れる。

「失礼します」
「カノンですか。どうぞお入りになってください」
「ああああっ!?カノン!」

ようやく現れたカノンに詰め寄ると少し困惑した様子で沙織に視線を泳がす。
が、私は続けて言葉を紡ぐ。

「何も判らぬまま放っておいて。混乱しっぱなしだったんだから。まあ、もういいけどね。
で、沙織ちゃんは私に何か用があったの?むしろ、ちょっとよく私の事調べたんだなぁって吃驚してるんだけど」

素直な疑問を続けて問えば探し出せたのは財閥の力らしい。
何せ城戸財閥のご令嬢だそうだ。
それで気品ある雰囲気を纏い、大人のような振る舞いをしていたのかと納得する。
それに続き、もう一つの質問に沙織ちゃんは続けて答えた。

「ぜひもう一度お会いしたかったんです。お礼もできませんでしたし・・・・」
「いや、そんなに気にする事もなかったんだけれど。でも、また会えて嬉しい」

沙織ちゃんはその言葉に「私も同じですわ」と心底嬉しそうに笑う。
そして、急に真剣な表情を浮かべると改めて座り直して背を正す。
どうやら理由はそれだけでないらしい。

さん。とりあえずお茶でも飲みながらお話しませんか?少しお話しておきたい事があるんです」

一瞬、どうしようか迷ったがここまで来れば一緒だしなと思い、その誘いを受けた。
言ってみればあまりに真剣な彼女の眼差しに断る事が出来なかったと言う方が正しい。
どうにも厄介な事に首を突っ込む事になりそうだと判っていても。
そして、ゆっくりと話し始めた彼女の話は私の常識を逸脱した話であった。
聖闘士、女神、冥界、海界、聖域・・・
まるで神話の話のような事に驚きを隠せずしばし口篭る。
それを見越していたようで沙織ちゃんは最後に全ては真実であると告げた。
現実に聖戦なんてものが行われていたなんて一体誰が信じえよう?
でも、私は人の偽りを見抜く事だけには絶対の自信を持っている。
彼女は、嘘をついていない。
そう思うと一息ついて私は再度尋ねた。

「それは、本当に全て事実なんだね?」
「はい。私は正真正銘、女神ですわ。そして、カノンは聖闘士です」
「そんな途方も無い事がこの世にあるなんて思いもしなかったわ」

自分も大概常人離れしている所があるとは言え、驚きはやはり隠せない。
が、嘘偽りないと判った以上私はそれをしっかりと受け止めると続いて問いかける。
その問いは至極簡単な事。
何故、その話をただ道端で助けただけの私に話すのかということである。

「では、一つ問うけどそれと私が何か関係するの?」

そう問うと沙織は尚真剣な顔をしていった。
今のはほんの前振りであり、これからが話の本題であろるのだろう。
一息つくと彼女は本題へと入った。

「先程もお話したとおり、今、射手座の聖闘士がいないのです。新たな射手座の聖闘士を待ち続けている状態。
もう一度お会いして見て、やはりさんには何か力があると感じたのです。それは、きっと射手座の聖闘士としての力だと私は思っています」
「・・・・・」

率直な言葉に私はどうしたものかと頭を悩ませる。

「ぜひ私どもと聖域に来ていただけませんか?」

縋るような言葉に私は否定の言葉を噤む。
こんな私に何か出来よう。
私の手はもう血に汚れている。
罪に汚れているというのに。
それでも、心の奥底で、彼女の手を取ろうとしている自分がいた。
私は自分の汚れを隠すように、この少女の清らかさを利用すように。
だが、今思えばどうせ私は拒めなかったのだ。