すぐに答えを出す事は無理であろうからと。
一晩この屋敷でゆっくりと考えて欲しいと言われた私は、ただ迷いを心の中で擽らせる。
心はきっと決まっている。
けれど、それが正しい選択なのか。
私には、全く判断できなかった。

ＧＡＲＮＥＴ　ＭＯＯＮ

第四話　決意の夜と温かな時間

「はぁ・・・」

溜息がやけに響く室内。
落ち着いて考えようにも正直言うとこの静まり返った大きな部屋は落ち着かない。
幼い頃、住んでいた実家の屋敷を思い出す。
こんな洋風の屋敷ではなく日本家屋であったかそれなりに広い屋敷であった。
あそこには未だに忌々しい記憶が残っている。
この広さはあそことそっくりで嫌な事ばかりに思い出してしまう。
そう、思いまた一つ溜息を着くと扉をノックする音が部屋に響く。

「はい？」

一体、誰だろうかと思いつつ、扉に駆け寄りドアを開けた。
そこに立っていたのは先程よりもラフな格好で現れたカノンの姿である。
よくよく見てみれば蒼い髪と瞳は海のように深く輝いていてどこか自分を落ち着かせた。
私は、平静を装い、カノンに問いかけた。

「カノン？どうかしたの？」
「いや、そのだな・・・」

言葉を濁すカノンに私は首を傾げる。

「？？？」

カノンはという沙織達の前を跡にするの横顔が何処か不安げな表情に見えたのがずっと気になっていた為。
どうしても我慢しきれず様子を伺いに来たのだ。
今は先程と違い平然とした様子であるのであるがやはり瞳には動揺の色が見える。
それが、カノンの突然の訪問が理由か。
それとも聖域に行く事への不安かはわからない。
けれど、やはり言うべき事は言うべきであろうと思い、意を決する。
心の中ではこういうのはサガの役目で俺は向かないんだよ！と誰に伝えるでもなく思っていた。

「その、だな・・・あまり無理して考えるなよ」

不器用ながらも発せられた自分を案じる言葉には再び目を見開いた。

「え？」
「お前、絶対悩みすぎて自滅しそうだからな！」

ああ！俺は一体何が言いたいんだ！！と自問しつつも一生懸命に励ましの言葉を告げるカノン。
余程恥かしいのか顔は真っ赤に染まっており、その様子はにもばっちりと伺えた。
元来彼はこういう事は苦手なのだろう。
それを無理してこうやって言葉を掛けてくれる。
今日、初めてあったのになんて優しい人なのだろうかとの心には感謝の念が満ちる。
そして、そんなカノンに胸を打たれたの顔にはもう迷いはなかった。
自分のエゴがきっかけでも何か彼らにしてあげたいと。
出来る事があるのか判らないけれど。
そう、思うとは明るく柔らかな笑みを浮かべた。

「ありがとう」
「は？」
「だって、カノン心配してきてくれたんでしょ？十分気持ちは伝わったから。だから、ありがとう」

愛くるしいほどの満面の笑みにまたカノンは顔を紅く染める。

「あ、ああ・・・」

二人の間にどこか柔らかな空気が流れる。
穏やかなその空間で二人はどちらからでもなく笑いあった。
今日、会うのが初めてなんて思えないぐらいに自然に。
そこでようやくはふとある事に気付く。

「そういえば、カノンって私より年上なのに私、呼び捨てにしてたね。しかも、聖闘士だし、やっぱりさん付けで呼んだ方が・・・」
「・・・呼び捨てでいい」
「え？でも・・・」

の申し出を途中で遮るように告げられたカノンの言葉。
その言葉にはやっぱり悪いだろうと歯切れの悪そうに呟く。
が、カノンは笑顔を浮かべてこう言い切った。

「今更、さん付けなんておかしいし、俺は第一補欠みたいなもんだしな。正式な双子座の聖闘士は俺の双子の兄貴だ」

ちょっと悔しそうに呟くけれどどこか尊敬の念を感じる言葉。
それに一体どんな人がカノンのお兄さんなのだろうかと思いつつ、頷いた。

「じゃあ、カノンって今まで通りに呼ばせてもらう。でも、カノンは凄く頼りになるよ。さっきの言葉嬉しかった」
「そ、そうか・・・」

再び赤面してしまうカノンは本当に照れる事ばかり言うと視線を逸らす。
でも、その一方でどこか不思議な雰囲気を持つに惹かれた。
恋情とかそう言うのではなく、何処か懐かしい温かく優しい雰囲気。
あくまで想像ではあるが母親の様なそんな雰囲気。
自分よりも遙かに年下の少女に抱くイメージではないがそういう温かさを感じた。
小宇宙だけじゃない何かが彼女にはあるのだと感じるカノン。
が、その思考はの言葉によって途切れてしまう。

「一つ！」
「え？」
「一つ聞いて欲しいんだけどちゃんと名前で今度から呼んでよね。お前しか言わないんだから」

拗ねるように頬を膨らますその姿にカノンは気のせいだろうか？と思い、考え事を中断する。
そして、に改めて詫びる。

「いや、それはすまない。でいいのか？」
「うん。それでいい。私ね。名前で呼ばれるの好きなんだ」
「名前で呼ばれるのが？」

変わった事を言うとカノンが返せばは本当に嬉しそうに笑う。

「兄様がいい名前だっていってくれたから」
「兄貴にそんな事言われて嬉しいか？俺はサガにそんな事言われたら気持ち悪いぞ？」

心底嫌そうな顔をしてカノンは言った。
きっと聖域の同僚たちにいったらそれは気持ち悪いと賛同しただろう。
青銅のガキたちなんか爆笑しだすだろうな。
カノンがそう思いながらふっとを見てみるとはさっきまでの明るい笑顔はなく、何処か寂しげに微笑む姿があった。

「私は嬉しかったよ。生まれて初めて嬉しいと思った瞬間だったから。
もう、呼んでくれる事はないけど他の人に名を呼ばれる度に思い出すよ。大切な兄様の事」

その言葉にカノンは全てを理解した。

「もうこの世にいないのか？」
「うん」

静かに頷くを見て素直に謝罪を告げる。

「悪かったな」
「ううん。私こそごめんね。こんな暗い話しちゃって」

どういう亡くなり方をしたのかは知らないが辛そうなを見てカノンはそっと抱きしめた。
華奢で今にも壊れそうだとその柔らかさを感じて思う。
でも、今は何よりも壊れそうなの心を心配して言葉を紡ぐ。

「・・・頼れよ」
「え？」
「一人で抱え込むなよ。お前、俺のクソ兄貴と一緒で絶対に一人で抱え込むタイプだ。似過ぎて笑っちまう。
・・・ちょっとは人に頼れよ。俺は、いつでもお前の味方になってやるから一人で何でもしようとするなよ？」

ぶっきらぼうで乱暴な言い方だけど思いやりが沢山篭った言葉。
それに、少し涙を浮かべそうになるがそれをぐっと堪えては微笑み礼を告げる。

「・・・ありがとう」

すると、カノンは優しく微笑んだ。
だが、すぐさまかぁーっと顔を紅く染めて慌て出す。
どうやら自分が言った言葉に今更ながら恥かしくなってきたらしい。

「だー！！ったくクソ恥ずかしい！！

その慌てっぷりには笑いが堪えきれず声を出して笑う。

「あはは！」
「お前、笑うなよな！」

カノンは私の頭をくしゃくしゃと撫でて恥かしさを紛らわす。
その大きな手が凄く心を落ち着かせた。
小さい時、泣いている私の頭を撫でてくれた兄様のようでとても心地よかった。
完全に元気を取り戻した私はカノンに反論する。

「もう！カノン！髪の毛がぐしゃぐしゃになるでしょ！」
「もっとやってやろうか？ほら？」

笑いあいながらふざけあう二人。

「もう！あはは！あーもうこんなに本気で笑ったの久しぶり！」
「お前はそうやって明るく微笑んでる方が似合うさ」
「そっかな？うん。そうだといいな。・・・ねぇ？カノン。私、聖域に行くよ」
「来るのか？聖域に」

カノンの問いかけには力強く頷いた。
その瞳にもう迷いはない。

「心細いのもあったし、私に一体何が出来るだろうとも思った。けど、今考えてても無駄だよね。
聖域に行って私に何か出来る事があるならそれをするだけ。私は私に出来る事をするよ。カノンが味方になってくれるなら心強いしね」

嬉しげに微笑む姿に胸が高鳴るカノン。
動揺を隠してカノンは静かに言葉を返す。

「・・・そうか」

そんな殺し文句を無自覚に言うなんて全く参ったと心の中で呟く。
だが、真面目な話。

が聖域に行く事はどこか決められていた事だったのかもしれない。
射手座の黄金聖闘士だったとしても、そうじゃなかったとしても。
彼女には何か大きな何かが待ち構えている。
そんな気がしてならなかった。
だけど、それでも自分の気持ちは変わらないとカノンはの瞳をしっかり見据えて告げる。

「何があっても俺はお前の味方になってやる。例えお前が射手座の黄金聖闘士じゃなかったとしてもな」
「うん。・・・ありがとう！カノン」
「じゃあ、明日な。ゆっくり休んどけよ？そう決めた以上今までの日常と１８０度変わるだろうからな」

その言葉に力強く頷くとカノンに別れを告げた。

「わかった。おやすみ。カノン」
「ああ、おやすみ」

カノンは扉を閉めて、廊下で一人壁に身を預ける。
例え、あいつが何者であっても俺はあいつの味方でいる。
絶対にあいつは一人にしちゃいけない。
あいつは、孤独というやつを知りすぎている。
何となくだけれどわかるんだ。
それに・・・

「この歳で初恋なんて、ふざけてるよな・・・」

そう呟いてカノンは自分の与えられた部屋へと戻る。
女神よ、願わくばあの少女に幸せある未来を・・・
そう願いながらカノンはを想った。
はベッドに身を預け、天窓から注ぐ月光を浴びて新たなる日々へ想いを馳せるのだった。