冥界に降り立った翌日。
はハーデスと共にエリシオンに居た。

「ここは相も変らず綺麗だね。酷く懐かしく感じる」
「そうか。滞在中は好きに来るといい。その為にもあの二人と顔を合わせておくといいと思ってな」

二人がエリシオンに居た目的は双子であり、眠りと死をそれぞれ司る二人の神に会う事だった。






GARNET MOON

第三十八話 四人の神々







「ヒュプノス、タナトス」

ハーデスの声を聞き、佇んでいた二人の金と銀が此方を見る。
を視界に入れるや否やその膝を折り、頭を垂れた。
どこか緊張した面持ちでゆっくりと先に口を開いたのは兄である金のヒュプノスの方であった。

「久方振りの再会、至極光栄に思います。母なる女神、ガイア様」
「同じく、再会至極光栄に思います」

やや震える声を放つ二人の金と銀の神。
神と言えど格の違い過ぎる始創神たるガイアであるの前に緊迫せずには居られないのだろう。
だが、その様子には困った様に苦笑を浮かべ、二人と視線を合わせるべくしゃがみ込む。
二人の肩ににそっと触れて朗らかに微笑むと静かに口を開いた。

「久しぶりね。ヒュプノス、タナトス。そう緊張しなくてもいいの。楽にして頂戴」

その声と行動にヒュプノスとタナトスは幾分か緊張が解けた様でゆっくりと顔を上げる。
そして、改めてみるの姿に二人は笑みを浮かべた。
遙か昔の神話の時代、最期に合間見えた時と変わらぬ優しく聡明な美しさを持つその姿に。
神でありながら下々にも慈愛と慈悲を等しく与えていたあの頃と全く寸分も変わらないその心に。

「有難う御座います。ガイア様」
「どうか、御手を其のままでは衣服を汚してしまいます」

ヒュプノスの礼を聞き、タナトスの言葉に頷くと差し出されたそれぞれの手を取り立ち上がった。
立ち上がるとは二人を見つめて懐かしい思いを噛み締めた。

「本当に久しぶり・・・早々、今の名はと言うからそっちで呼んでね」
「では、様、と」
「様は要らないんだけど・・・」
「そこまで言ってやるな。流石に抵抗があるだろう」

の様子に笑いながら諭す様にハーデスが二人に助け舟を出す。
ハーデスのその一言に漸く納得したを見てヒュプノスとタナトスはそっと肩を撫で下ろした。
二人にとって何より敬愛する神であるだからこそ恐れ多くて仕方なかった為だ。
そして、ハーデスは本題に戻る様にヒュプノスとタナトスに向き直る。

「滞在中はこちらに来る事も多いであろうからその際の世話はお前達に任す」
「万事心得ております」
「同じく」

二人の返事に頷くと嘗て自身の肉体を保管していた方角を見る。
自身の肉体を保管していた更に奥に厳重に封印を施されたガイアの神衣が眠っているからである。
そして、その封印を今解いているのがヒュプノスとタナトスなのだ。

「で、封印の解除は如何ほど掛かりそうだ?」
「まだ、もう暫く。ガイア・・・様には長期に渡り、この冥界に滞在して貰う事になるとは思います」
「そっか・・・仕方がない事だし、それは構わないのだけれど・・・」

がそう言って口を濁したのには理由があった。
エリシオンに来るまでにハーデスと話していた事。
主神であるゼウスの動向についてである。
そもそもガイアと折り合いの悪いゼウスはそれこそ神話の時代からガイアを目の仇にしていた。
主神と自身を定めるのもあり、自分の地位を確立するにも始創神たるガイアが邪魔で仕方がなかったのだろう。
未だ天界を統べるゼウスがもしガイアの完全覚醒が為ると知ればどの様な行動に出るかは判らない。
この時代での聖戦がまた始まるかもしれないのだ。
ならば、神衣を得る事を止めれば良いのではないかと思うがそうもいかない。
神衣を得ようが得まいがゼウスはこれまでもガイアの転生体を抹殺してきたのだ。
つまりは神衣を得ねば対抗する力も無く、ゼウスに殺されてしまうのである。
だからこそゼウスの今の動向が如何ほどかによって猶予がなくなってしまうのだ。

「冥界ならば暫くはゼウスに知られる事もないであろうが何れは存在を知られてしまうだろうな」
「そうなれば、聖戦は防げないでしょう。恐らく」

その言葉には迷う。
自身だけが死んで事が解決するならばいい。
だが、ここでゼウスにガイアの転生体を殺す事を止めさせなければこの先幾度も同じ悲劇が繰り返されるのだ。
それにである、全てを統べる者を生み出せればこれ以降の聖戦を抑圧できるかもしれないという思いもあった。
それこそがガイアがに託した願いでもあったのだ。

「聖戦に勝利をする事でこれ以降の聖戦をある程度抑えられるならばやらなければいけない」
「そうだな。今はまだ話を通していないと言えどアテナもこれには賛成するであろう。恐らく、ポセイドンも」

それだけ揃えば天界に太刀打ち出来る戦力には為り得るととハーデスは踏んでいた。
しかし、それに不安が残ると言えば残るのだ。
何せ、の肉体は人間の肉体。
神衣を纏える程の力はあると言えども神話の時代から生き長らえるゼウスに対抗できるかどうか。
それでも今は前に進むしかない。

「取り合えずは神衣の封印を一刻も早く解く事ね。その為にもヒュプノス、タナトス。尽力を頼みます」
「勿論です」
「御期待に沿える働きを約束致します」

二人は一礼して告げた。
その様子に微笑むとは三人に告げた。

「なら、休める内に休んで置かないと。という事で今日はこのエリシオンで久方振りに御茶でもして語らいましょう?」

先程からの話と打って変わってのそのの様子に三人はきょとんと目丸くするが直に笑みを浮かべてそれに同意するのであった。
そして、ハーデスとがエリシオンを後にし、残された二人は。

「あの頃と寸分変わらぬ御姿と御心。私はあの方こそが始創神であり、神々を統べるべき方だと神話の時代から思っていた」
「その思いは同じだ。あの方がどれ程素晴らしい御方であるかあのゼウスは理解しようとしなかった。己が地位に溺れるばかりで」

二人はそう苦々しく語る。
神話の時代にガイアを救えなかった事もあるからこそ二人は決意を固めていた。
何があってもガイアを守り尽力すると。
それが果たし得なかった遙か昔の約束だから。