人間って失くしてから気付くんだ。
その失くしたものがどれだけ大切だったか。
失くした後に気がついたって遅いのに。
それでも、人は不器用だから。
いつも、失くして、後悔して、涙を流す。

Act13.What has been lost.

「おいっ！そっちは見つかったか？」
「ナナ！ううん。いない・・・」

手分けをして病院の敷地を駆けずり回ること一時間。
大病院とはいえこれだけ探して見つからないというのはおかしい。

「これだけ探していないという事はもう病院内にはいないと考えた方が良さそうだな。」

ヤスが溜息を吐き、煙草を銜え紫煙を燻らせる。
その煙が空へと儚く昇りゆく。
嗚呼、考えたくない。
だけど、考えてしまう最悪の事態。
僕はどうにも焦ってしまい落ち着く事が出来ない。
僕だけが知っている過去。
それがもし今回の事件に絡んでいるとしたら。
きっと、きっと、は壊れてしまう。
そう、思うから。
でも、彼女の傍に居る事も今出来ない。
見つける事もできない。
何と無力な事だろう。
それが悔しく悔しくて思わず唇を強く噛み締める。
すると、すっと僕の隣に寄ってきたハチが優しく肩を叩く。

「シンちゃん。大丈夫。きっと、見つかるよ。」
「ハチ・・・うん。そうだね。」

ハチの言葉は不思議。
母親が居たらこんな感じなのかなって思う。
そんな温かさを持っているから。

とは違う温かさ。
の温かさは優しく切ない。
手放したくないと思う温かさ。
共に居て、共に支えて生きていたいと思う。
そんな温かさなんだ。
守られたいんじゃない。
守りたい。
だから、僕は見つけなきゃならない。

「僕、やっぱりもう一度見てくるよ。病室の方。」
「あ、おいっ！シン！」

ノブさんが僕の背に声を投げかけるけど僕は夢中で走った。
階段を駆け抜けてあの真白の空間へ。
閉まりきったドアの前まで一息で駆け抜ける。
ドアの前まで着けば祈るような心でそっと扉を開けた。
でも、やっぱりそこにはは居なかった。

「・・・。」

呼びかけても返事など返ってこない。
どうして、どこに行ってしまったのか。
解らないけどまた僕は無我夢中で走り出した。
心当たりなんてないけれど彼女の姿を探しに。

「絶対に見つけるから。」

そう呟いて。
取り合えず一度皆の所に戻った方がいいだろうと病院の庭園へと向かった。
すると、そこにはまた二人ほど人が増えていて一体誰なのかと思い駆け寄るとそこにはタクミとレンが居た。
タクミになんて会いたくなかったけど、よくよく考えてみれば二人は刺されたの第一発見者だった。
もしかしたらを見つける手掛かりが分かるかも知れないと仕方なくその輪の中に入る。

「皆、やっぱり居なかった。」
「シンか。丁度よかった。今、タクミ達に話を聞いてたところだったんだ。
が刺された状況を聞いてたんだがどうやら身内に刺されたみたいだそうだ。」

その言葉に目を丸くする。
本当に関係があったのだ。
きっとこれはの過去が絡んでる。
僕には直ぐ理解できた。
それと同時に今この状況がどれだけ危険かも。

「皆、早くを見つけないと手遅れになるかもしれない。」
「え・・・？」
「どういう事なんだ・・・？」

皆が口々に告げる言葉に僕はの過去を簡単に説明しようと思った。
その時、だった。
僕の携帯が鳴り響いたのは。
こんな時に一体誰なんだと思いながら仕方なく携帯を見る。
ディスプレイを見ればそこには何と今捜し求めている人の名前がしっかりと表示されていた。

「・・・！？」
「え！？」

思わず叫んでしまった僕に皆の視線が集中する。
とりあえず落ち着いて話さなきゃいけないとゆっくりと通話のボタンを押す。
すると、どこか掠れた声が響く。

「・・・もしもし・・・？シン、ちゃん？」
「！！今、何処に居るの！？何してるの！？」

声を聞いて僕は矢継ぎ早に問いかける。

「あはは・・・そんなに心配しなくても大丈夫だよ。怪我は。」

でも、はその問いには答えず力なく笑って見せた。
何でそんな風に笑うのだろうと思うほど。
聞いていて胸が痛くなる笑いだった。

「！！ねぇ！！答えてよ！！」

必死の僕の訴え掛けには茶化すのを止めて素直に答える。

「教会・・・小さい時、弟と来た大切な場所・・・前、話した所だよ。・・・でも、来ないでね。」
「・・・？」

最後の来ないでの言葉がやけに響く。
おかしい。
様子がおかしい。
僕は慌ててまた声を掛ける。
この電話を切ってしまったら彼女がどこかに行ってしまいそうだと思ったから。

「。今、行くから。そこで待ってて。」
「駄目だよ・・・来ないで！！！」

受話口から響く声が急に大きくなって僕は思わず耳から携帯を離す。
どうやらその声は面々にも聞こえたようでタクミが車を回してくると駆け出した。

「何があったのかはよく判らないけどいいからそこで大人しくしてて迎えに行くから。」

静かにそう告げるもは急に静かになる。
それに不安を覚え、車はまだかと辺りを見回す。
すると、今まで以上にか細い声が受話口から響く。

「ごめんね・・・でも、本当に来ないで・・・ありがとう・・・さようなら。」
「！？・・・！！！」

不吉な言葉を告げてブツッと切れる電話。

「シン！！どうなってんだよ！？」

ナナが慌てた様子で僕に問い掛けてきた。
そこに丁度タクミがやってきて皆、車へと走る。
一台に全員乗れないからタクシーを呼ぶとが居る場所へと向かった。
その車内で僕がゆっくりと呟く。

「は・・・死ぬ気かもしれない。」
「・・・どういう事だ？」

ヤスが不可解そうに尋ねる。
その言葉に漸く先程告げられなかった真実を告げる。
驚愕の色を見せた面々。
僕も初めは驚いたものだから仕方ない事なのだろう。
暫く沈黙が続く車内でゆっくりと口を開いたのはタクミだった。

「何となく話が読めた。じゃあ、を刺したのは母親だな。見たんだよ。それらしい人物。」
「それは本当か？」
「ああ。間違いない。様子が変だったからよく覚えてる。その後に丁度が倒れてたしな。」

話の辻褄が通り皆また沈黙を守る。
が、そうこうしている内に目的の場所に着いた。
どうやらあの病院からの実家は近く、その近くにある教会も当たり前だが近かった。
少し木々に囲まれたそこは人気がない。
一応使用はされているようだ。
掃除も行き届いている。
僕らはやや足早に教会の扉に駆け寄り、ゆっくりと重厚なそれを開けた。
眼前に広がる神々しいステンドグラスのマリア。
様々な色の光が差し込むその中心に彼女は居た。
祭壇の前にその身を横たえて。

「っっ！！！」

慌てて僕は駆け寄り彼女を抱き起こす。
その瞬間、感じた違和感。
ぬるりとした液体が自分の手に這う。
それを改めて見返してみるとそこには真っ赤な液体。
後ろから駆け寄ってきた面々もそれを見て息を呑む。
真っ先に動いたのはヤっさんだった。

「腕だっ！！止血するぞ！！」

ネクタイを外して腕の深く傷ついた傷に宛がい縛る。

「ちゃん！！ちゃん！！」

ハチの泣き叫ぶ声が響く。

「！！しっかりしろ！！」

ナナもどこか声を震わせて叫んだ。

「嘘だろっ・・・！？」

ノブさんはどこか信じられない様子でそれを見る。
タクミとレンも無言だが戦慄した空気に息を呑む。
でも、僕は何もできないまま固まった。
今にも死にそうな彼女を抱きながら。

「おいっ！シン！！急いで運ぶぞ。おいっ！」

そう、ヤっさんに言われるまで。
それからは覚えてない。
彼女を運んで、緊急治療室へ彼女が運ばれていって。
何を聞いていたのか。
何を見ていたのか判らない。

「・・・っ！」

ただ、一つこの手に残る血に濡れた君の感触が離れない。