その場を侵蝕する鮮血。
手首から流れ落ちる熱い熱い命の雫を感じて私は瞳を閉じた。
神の御許で懺悔する様に。
生まれた事すら罪だった私自身を悔いて。






Act14.Only the birth is an original sin.







病院を抜け出した私は自身の出生を知る為にある人に会いに行った。
その人は家の専属医師であり、私が生まれた時にも立ち会ったと言われる人。
母方の伯父である統也。

幼い頃から大変お世話になった人である。
そもそも母・・・いや、養母と養父に嫌われていた私の一切合切を面倒みてくれた肉親と言っても過言でない人物。
何より血縁で信頼できたその伯父ならば真実を知っているだろうと思ったのだ。

「お久しぶりです。統也伯父様。」
!?・・・驚いたな。本当に久しぶりだ。
さぁ、上がりなさい。ゆっくりとお茶を飲みながら久しぶりに話をしようじゃないか。」

久しぶりに唐突に訪れた私に驚きはしたものの邪険にする訳でもなく、家へ招き入れてくれた。
だから、きっと全ては養母の虚実だと思ったのだ。
けど、それは違った。
私の罪は確かにそこにあったのだ。
リビングに通された私は緊張した面持ちでソファに腰を掛けた。
伯父はそんな私の緊張を感じてか同じくソファに座るとすぐさま問い掛けてきた。

「今日はいきなりどうしたんだ?何かあったのか?」
「いえ、その・・・お聞きしたい事があって今日は訪問させて頂いたのです。」

戸惑いつつも私はそうはっきりと告げた。
大丈夫だ。
きっと私の杞憂なのだ。
母の戯言に惑わされて一時的に不安になっただけなのだ。
あんな殺傷事件紛いの事があったから尚の事。

「聞きたい事?俺で判る事なら何でも答えるぞ?」

穏やかに微笑んでくれる伯父に私は一呼吸置いて一気に話した。

「私の実の両親についてです。」
「!?・・・どこでそれを聞いたんだ?」

笑みが一瞬にして消えてその空間に冷やかな空気が充満する。
胸騒ぎがした。
酷い、酷い、胸騒ぎが。

「母・・・いえ、養母からです。」

はっきりと迷う事無くそう告げれば伯父は溜息に似た吐息を漏らして視線を逸らした。
そして、再び私に視線を戻すと口角が弧を描いて弓形に釣り上がった。

「ついに知ってしまったのか。あいつももう少し我慢をすればもっと傷付いた表情が見れただろうに。」
「え・・・?」

耳を疑った。
何を言われたのか理解出来なくて、その見た事もない醜悪な伯父の表情にも驚きを隠せなくて。
私はただ、目を見開いて続く言葉を待つしかなかった。

「お前が知りたいと思っている事は事実だよ。俺がこの世で唯一愛していた姉さんはお前を生んで死んだ。
身体が持たなかったんだ。出産という過酷な事に。いや、姉さんはお前という死神に憑き殺されたのかもしれない。」

笑顔のまま吐き捨てられる残酷な言葉。
視界が赤く染まる。
聞こえる音にノイズが奔る。

「俺の最愛の姉さんを殺しただけでなく、お前は実の父まで殺したんだよ?
お前を庇ってあの男は死んだ。俺は姉さんに愛されたあの男が死んで良かったけど、それがお前の養母の息子の運命を狂わせた。」

否定して欲しかった。
今、目の前で広がる現実を。
唯一信頼していた人物こそ最も私を嫌っていた人だったなんて。
信じられなかった。
信じたくなどなかった。

「後は判るだろう?お前は三人も殺しているんだよ。
でも、俺はそれでも一つだけお前を評価しているよ。姉さんに似たその外見だけはね。」
「何を、言って・・・」
「理解できないか?元々、私とお前の養母は画策していたんだよ。お前に復讐をする為に。
俺にはもう一つ望みを叶える為に。いつかこの真実を最も残酷な形で知らしめてお前の心を壊す画策をね。」

狂った様な笑みを浮かべて伯父が私に詰め寄る。
私はソファに腰を降ろしたまま全く動けずに居た。
ただ、見つめるしかなかったその光景を。

「俺はその壊れたお前を治療という目的で引き取るつもりだった。
そして、姉さんにしようと思っていたんだ。教育し直して、俺だけを見る姉さんに。」

優しくしていたのはそんな浅ましく狂った願望の為。
驚愕の真実。
それは、私の思い描いていた真実以上に歪で狂った真実だった。
私は、生まれてから何一つ何一つ幸福を祈られていなかった。
生まれた瞬間から私は関わった者達に死を約束させていた。
そして、大事にしてくれていると思っていた伯父にとって私は単なるスペアにしか過ぎなかった。
結局、私を心から必要としてくれた人等居なかったのだ。
そう、信じざる得ない真実がそこにあった。
私は、耐えられなくなり勢いよく立ち上がるとふらつく身体に鞭を打ってその場を飛び出した。
背に伯父の狂人めいた言葉が飛び交うがそんなものを気にする余裕なんてなかった。
流れる涙のまま、私は気付けばあの教会に居た。
中に入れば光り輝くステンドグラス。
神聖なその空間は今すぐに私を断罪しようとしているようにその日は思えて仕方が無かった。
ふらりふらりと中に入り、私は祭壇の前に立った。
その祭壇の上には一本のナイフ。
嗚呼、もう私に生きる価値などないと神は言うのだろうか。
涙を流しながら私はそっと携帯を取り出した。
もう疲れた。
そう思いながら無意識にダイアルしたのはシンちゃんの番号。

「・・・もしもし・・・?シン、ちゃん?」
!!今、何処に居るの!?何してるの!?」

心配そうな声に思わず笑いを上げる。
私はそんなに心配されるような人間じゃないの。
罪人なのだからと。

「あはは・・・そんなに心配しなくても大丈夫だよ。怪我は。」

怪我はもうどうでも良かった。
それより心が痛い。
痛くて痛くて苦しくて辛くて。
まるで幾億、幾千もの茨が絡みつきこの心臓を縛り付けているように感じた。
それは罪人の証だと言わんばかりに。
だから、もう終わりにしようと思う。
だから、私は電話を掛けたのだ。
最後を告げる為に。

!!ねぇ!!答えてよ!!」
「教会・・・小さい時、弟と来た大切な場所・・・前、話した所だよ。・・・でも、来ないでね。」
・・・?」

来ないで。
絶対に来ないで。
きっと私は今シンちゃん達の顔を見たら縋って生きたいと願ってしまうから。
誰か一人ぐらい私を愛してくれるだろうと思ってしまうから。
だから、もう終わらせる為にも来ないで。

。今、行くから。そこで待ってて。」
「駄目だよ・・・来ないで!!!」

終わらせなきゃいけないから。
私は叫び声を上げた。

「何があったのかはよく判らないけどいいからそこで大人しくしてて迎えに行くから。」

嗚呼、何でそう優しい言葉を掛けてくれるのだろう。
もう、それで充分だから。
そう言い聞かせて私はゆっくりと携帯を耳から離していく。
そして、受話口に唇を寄せて呟いた。

「ごめんね・・・でも、本当に来ないで・・・ありがとう・・・さようなら。」

乞う様にそれを握り締めて私は電話を切った。
繋がりをも断ち切る様に強く強くボタンを押して。
震えた身体でゆっくりと立ち上がると祭壇のナイフを取った。
鋭く光るそれがステンドグラスの光を反射する。
これが私の罪の鎖を断ち切ってくれるなら。
そう思ってゆっくりと手首に宛がった。

「さようなら。」

この世の全てに告げるように呟いて私は手首を切った。
鋭い痛みと共にドクドクと流れ出す紅い血脈。
崩れ落ちるように絨毯に身体を沈ませる。
力が抜けてゆき、私は瞳を閉じて身を任せた。
これで、いいのだと言い聞かせる心の奥底で。
本当は、愛し愛されたかったと涙を流して。