目が覚めてまだ自分が生きていると知った私の絶望は計り知れなかった。
罪を想い、亡くなった大切な者を想い、浅ましい願いを払拭する様に死を招こうとしたのに。
私はその浅ましい願いを強く想うがばかりに生き残ってしまったのだ。
生きる価値など無いのに。
色鮮やかに輝いていた世界は今やノイズの走るモノクロの世界。
時折見える色は血の様な紅。






Act16.Red of despair and blue of hope.







死ねなかったならばもう一度死ねばいい。
確かにその通りなのだけれど私にはもう一度死ぬ勇気まではなかった。
浅ましい最後の願いが心の奥底で瞬いて私をここへ繋ぎとめる。
この病室がただ真白の世界なら良かった。
だけど、真白のその中に鮮やかな蒼だけ目に入ってしまったのだ。
それは誰かが持ってきたであろう花束で。
私は泣きそうになった。
まだ私を想って心配してくれる誰かがいるのだと理解してしまったから。
でも、だけど、私の罪は赦される事はない。
死神の様な私に幸せなど訪れない。
忘れなければいけない。
あの蒼を抹消しなきゃいけない。
そう思って私は窓の外へとそれを放り投げた。
再び真白に染まった室内を見て何故か涙が零れた。
それでも私はモノクロのこの世界で孤独を背負い生きるのだと瞳を閉じた。

「これでいい・・・独りでいい。」

大切な者を作って失くすよりはそれが一番いいのだと。
否定の声を上げる心の奥底にそっと蓋をして自分に言い聞かせた。
軋む心と身体を抱き、死を待つだけの日々がこれから始まるのだと覚悟を決めるのだった。
その時だった。

「目が覚めたと聞いたんだ。久しぶり。ちゃん。」

現れたのは予想外の人物で私は驚き目を見開く。
この人がまさか来るとは思ってなかったのだ。

「ヤス・・・どうして?」
「俺じゃダメだったか?」
「そういう訳じゃなくて意外だったから。」

ヤスはあまり人の事に立ち入らないタイプだと思っていたから。
これは本当。
世話を焼く事は多くてもあまり他人には深入りしないタイプだと思っていた。

「一応ここ入院するの手続きしたの俺だからさ。保証人とか保護者みたいな感じかな。」
「そう、だったんだ・・・ごめんなさい迷惑かけたでしょう。でも・・・」
「もう独りでいるつもりだから迷惑は掛けないって言うのか?」

心臓がドクンと音を立てた。
聞かれていたとは思いもしなかったから。

「入ろうと思ったら独り言が聞えてきたからさ。」
「そう・・・なら、そういう事ですから。」
「でも、俺はそうはさせたくない。」
「え・・・?」

私を見下ろしたまま心配そうに眉根を寄せるヤスの顔が視界に入る。
サングラスに隠された瞳までは判らないけれど心から心配してくれているのだけはわかった。
胸がズクンと痛む。
音を立てて痛み出す。
どうして、そっとしておいてくれないのだろう。
封じようと思っていた感情をどうして呼び覚まそうとするのだろう。
ううん。
違う。
呼び覚まして欲しいと望んでいる私が居るからこそ呼び覚まされるのだと本当は判っていた。
だけど、今はただ逃げたかった。
全てを他人のせいにして。
そんな私の心情を理解しているようにヤスが私に提案した。

「暫く、俺の所に来ないか?」
「何を・・・」
ちゃんが今、誰とも関わりたくないのは判った。
俺の家ならちゃんの親族に嗅ぎつけられる事もないだろうし、俺ならちゃんの後ろ盾にもなれる。」

そっと手を握ってヤスが紡ぐ。

ちゃんがどうして今回の事を起こしたのかは俺には判らない。
だけど、俺はちゃんを放っておけないし、守りたいと思う。迷惑かもしれないけれど。」
「どうして・・・そこまでしてくれるの?」

判らなかった。
ヤスがそこまでしてくれる理由が。
ただ、単純に世話焼きなだけではないという事は判ったけれど。
それ以外は何も判らなくて。
素直に私は彼に尋ねた。
すると、彼は予想外の言葉を口にした。

「俺が、ちゃんの事を好きだから。」
「う、そ・・・」
「本当だよ。今、言うのは狡いと思ったけれど言っておく。・・・さぁ、どうする?断ってくれても構わない。」

矢継ぎ早に問われて混乱する頭。
だけど、その時、私は握れられた手を無意識に握り返してしがみ付いた。
心が弱くなっていた私は差し伸べられた温もりを無条件に受け入れた。
それがどんなにいけない事か理解しながら。

「本当に、狡い人ですね。ヤスは・・・」

弱々しいながらも苦笑を浮かべて私は彼の首に手を回した。

「いいですよ。連れていって下さい。今は他に誰とも会いたくないから。」
「判った。」

嗚呼、堕ちていく。
私は抱え上げられながら心の中で謝罪する。
きっと私は彼を利用している。
それを理解しながら彼も利用されている。

「馬鹿ですね。私達。」
「いいんじゃないかそれから始まるかもしれない。何かが。」

ヤスのその言葉は決意の様にも聞えた。
だけど、私は敢えて知らない振りをして瞳を閉じる。

「そうですかね。私には判りません。何も。」
「俺も、よくは判っていないよ。」
「そうですか。」
「ああ。」

そこで会話は途切れて私は眠りに落ちていった。