新しい生活は何不自由なく、安穏とした楽園の様だった。
生活に必要な金銭も何もかもをヤスが賄ってくれる。
私は外界と接触する事もなく、ただこの鳥籠の中で何も考えず呼吸をし続ければいい。
時折、彼を楽しませる為に囀るのみでいい。
嗚呼、何て醜悪な生き方。
Act17.Bird in bird cage and blue of hope.
「あの花はヤスが飾っていてくれたものなの?」
「?いや、俺は花は飾っていないが?たぶん、シンじゃないか?」
「シン、ちゃん・・・」
退院してから数週間経ったある日。
ずっと気になって仕方が無かった青について訊ねてしまった。
退院したあの日私が窓の外へと投げ捨てた青い花。
その送り主について。
でも、聞かなければよかった。
思い出したくない人の名前を聞いた。
悪い意味でではない。
彼には、今の私の姿を見せたくない、知られたくないという気持ちがあるから。
忘れていたかったのだ。
決して、完全に忘れる事は出来ないと解っていても忘れた振りをしていたかったのだ。
最後まで求めてしまった人の事を。
「やっぱり、シンは特別なんだな。にとって。」
暮らす数週間の内に彼は私を名前で呼ぶ様になった。
私はどこか砕けた口調で彼と接する様になった。
その彼が私に告げたその言葉に私は目を見開く。
「どういう、意味・・・?」
「そのままだよ。本当は理解しているんだ。
が俺を見てくれない事も。が本当に想っている人物の事も。」
その言葉を私は理解できなかった。
何を解っているのだと言うのだろう。
だけど、それを深く問い、それを聞いてしまえば私の今の生活は壊れる。
また、深く傷付き、自殺を想い、絶望し続ける日々が来る。
そう、私は理解できないのではない。
理解したくないのだ。
それを理解すれば求めずに居られない。
求めれば私はまた壊す。
臆病で卑怯な私はだから忘れた振りをしようとヤスを利用したのだ。
でも、それすらも彼には解っていたのだろうか。
その疑問は全て彼の口から聞く事となった。
「はシンを想い、シンはを想ってる。ずっと見ていた俺には判るよ。
ここに来て少しは俺を想ってくれるようになるんじゃないかとも想ったけど数日で解った。それはないんだって事が。」
「ヤス・・・」
「それでも、俺はが好きだよ。だから、もう終わりにしよう。今日で全てを。」
ヤスの言葉に私は困惑する。
そんな困惑も理解しているのかヤスは笑みを浮かべて告げた。
「大丈夫。独りにはしないよ。」
「え・・・?」
ヤスはそう言うと玄関に続く廊下へと姿を消した。
扉がパタンと閉まる音が響いて私はただ呆然とその扉を見つめた。
混乱する頭でただその扉を見つめた。
すると、程なくして扉が微かな音を立てて開いた。
ヤスよりも小柄な人影がフローリングに映る。
たった一つのその影で私はそれが誰か判ってしまい、口を両手で覆った。
訳も解らず視界が歪む。
悲しい訳じゃない。
忘れていたかったのに。
こんな風に再会して混乱して。
ただ、訳も無く涙が出た。
でも、こうやって実際に再会して私は実感してしまった。
きっと、忘れた振りだって出来ていなかったのだ。
こんなにもこんなにも私の心には彼が居た。
理解してしまえばもう戻る事は出来ない。
私はこれからどうなるのだろう。
判らないけれど私にはまだ死を想う以外の道があるという事なのだろうか。
「―――――っっ!!!」
私を呼ぶ声に耐え切れなくなった雫が零れた。
それがフローリングを濡らす事無く。
駆け寄って私を抱きとめたその人自身の服に吸い込まれていった。
温かく背に回された腕は過去に涙した私を抱いた腕。
私を優しく包み込み、私を救おうとしてくれた。
私が強く強く願ったたった一人。
「シン、ちゃんっ・・・!」
絶望の紅を打ち壊す、希望の蒼。
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