泣いて、泣いて吐き出したのは絶望だったのかもしれない。
再度、顔を上げた時、私は心から笑えていたのだから。
シンちゃんが家に帰ろうと手を伸ばしてくれて、私は迷わずその手を取った。
そして、出て行く途中、リビングと玄関を繋ぐ廊下で立っていたヤス。
紫煙を燻らせて、薄暗い廊下とトレードマークのサングラスのせいで表情が伺えず私は一瞬立ち止まる。
何て言えばいいのだろうか、何て謝ればいいのだろうかと渦巻くヤスに対する贖罪と罪悪感。
だけど、ヤスはそれを払拭する様に
ただ、軽くその大きな手で私の頭を撫ぜて一言だけ「やっぱり笑顔の方が良い。」と紡いだ。
私はそれにまた涙を流しそうになりながら御礼を言ってその場を後にしたのだった。
ヤスは私にとってシンちゃんとはまた別な大切な人だったのだと思いながら。
Act18.The bird obtained freedom.
家に帰るまで私は一度も口を開かなかった。
あの時はただ心から溢れる感情を止められずに想いのまま抱きついてしまったが
今の私にはちゃんと理性もあるし、やはり一連の事での気まずさもある。
でも、家に着いて玄関を開いて久々に帰ってきた部屋で私はヤスの家とは違う安堵感を覚えた。
ここが私の帰るべき場所なんだと思わせてくれるような暖かい何か。
それはきっと今この手を引いて歩いているシンちゃんとの思い出なのかもしれないと何となく思った。
ゆっくりとした足取りでリビングまで辿り着くと急にシンちゃんは足を止めて私を再び強く抱き締めた。
何かを確かめる様に力強く背に回された腕は成長し切ってないとはいえ、男の子らしく逞しい腕だった。
私はその温もりにただ何も言えず瞳を閉じる。
ずっと求めていた温もりはやはりこれなのだと再度確認する様に。
「。もう、どこにも行かないで。」
「・・・うん。」
唐突に紡がれた懇願は私の胸を酷く揺さぶった。
あれほどまでに絶望の色で染め上げていた心は今やその色を失い、鮮やかな色を取り戻しつつある。
過去は消せないけれど、それを受け止める強さをシンちゃんの温もりが与えてくれているのだと思う。
だから、きっと、私はこの温もりを失くした時に今度こそ死ぬのだと強く強く認識した。
抱き締められて溺れていくその温もりの中。
「僕は過去がどうであれが好きだよ。」
囁かれる想いは何と甘美で私を酔わす美酒なのだろう。
耳を侵し、冒して狂わせていく、容赦なく。
「ずっと、傍に居よう。僕が守るから。絶対に守るから。」
呼び掛ける様に愛を囁かれる私は自然と暖かな気持ちから涙を流す。
切実な彼の気持ちに応えるが如く、抱き締め返している腕に力を込めた。
そして、自然と緩んだ互いの腕の力と共に少し体を離すと
そのまま何も言葉を交わさず、視線だけを交わらせて引き寄せられる様にキスをした。
何度も何度も繰り返されるキスは蕩ける様な甘さなんて
生易しいものじゃない焼ける様な熱を帯びていて激情にも似ていた。
息苦しささえも心地よく、呼吸すら煩わしく感じる程に狂わせる熱、侵す熱。
体の隅々で感じながら顔を瞳を開けばそこには少年ではない、欲情した男の熱の篭った瞳がある。
それを診て胸が締め付けられると私は再び瞳を閉じた。
段々と深くなっていくキスに私達は真っ暗な闇に包まれた部屋の中、
窓から差し込む光だけを受けて、自然と床に体を横たえる。
さり気無く私の体を支えて優しく横たえてくれた優しさに微笑むと再びキスを重ねる。
唇だけでなく白い肌に互いに触れて、離れて、触れて、離れて。
寄せては返す漣の如く、私達は互いに体を重ねた。
そこにあったのは狂気にも似た純情と激情と愛情。
雫が混じり合い、視線が交じり合い、熱が合わさる。
繋がりあう至福が痺れのように全身を支配した。
それは誰にも侵せない絆で私達は確かに繋がれているのだと互いに感じ取った最初の夜だった。
「ん・・・あ・・・」
瞼の裏にも眩しい日差しに眉を顰めつつ、体を起こす。
どうやらあの後、そのまま互いに寝てしまったらしく気づけば生まれたままの姿でベッドの上に居た。
シンちゃんは眩しい日差しの中でも眠れるほど、深い眠りにあるらしくまだ浅い呼吸を繰り返している。
その様子に思わず微笑みを浮かべて降りた蒼い髪に触れて撫でると
取り敢えずシャワーを浴びて服を着ようと立ち上がった。
が、腰の鈍痛に思わず寝ていた場所に逆戻りして悶える。
それと同時に昨晩の情事が思い出されて一人羞恥で顔を紅く染めあげた。
すると、ふいに隣から腕が伸びてきて私の腰を捉えられた。
勿論、そんな事をするのは先程まで私の隣で眠りについていたシンちゃんだけで
シンちゃんは天使顔負けの笑みを浮かべて口を開いた。
「おはよう。。」
まだ紅い顔を真っ白なシーツで隠しながらそれに小さくおはようと返す。
察しのいいシンちゃんは天使の笑顔を撤回して子悪魔な笑顔を浮かべると起き上がり、私を後ろから抱き締めた。
「、顔真っ赤。どうして?」
「・・・意地悪。」
全部理解しているというニュアンスで囁かれた声にそれだけ返すとそのままシンちゃんにもたれ掛った。
シンちゃんはそんな私の様子に笑いを漏らしながら髪にキスを落とす。
それだけなのに背筋を駆け抜ける甘い衝撃は昨晩の内に彼にどうにかされてしまったのではないかと思われてならない。
でも、私は彼になら何をされてもいいと思っている自分がいる事を知っていた。
だから、それは別に嫌ではなく、寧ろ喜ばしい事であった。
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