本当ならこんなに簡単に他人を自らの領域に入れる事ってない。
だけど、私は彼を招き入れてしまった。
それは少なからず私の心境の変化なのかもしれない。
でも、きっと私には幸せになる資格なんてなくて。
これはほんの一時の仮初の夢なのだろう。
私に温かな場所などきっとあってはいけないから。






Act9:I want to feel happiness in this phantom only now.







「ふぁあっ・・・、おはよう。」
「おはよう。シンちゃん。ご飯作ってあるけど食べる?」
「うん!食べる!!食べる!!」

私より遅く起きたシンちゃんは眠そうな眼を擦りつつも柔らかな笑顔を浮かべた。
シンちゃんと一緒に住み初めて一週間。
本当に家族のような日々を過ごしている。
そこには恋愛感情などなく。
ただ、互いに温かな居場所としての認識しかない。
絶対的に帰れる自分の居場所。
それがここなのだ。
そう、ここ数日で思うようになった。
私は朝食を温め直すとシンちゃんの前へと並べて行く。

「今日も正統派な日本の朝食って感じだねぇ〜」

シンちゃんがすぐさま「いただきます。」と言ってご飯を口に運ぶ。
正統派な日本の朝食。
私は普段からこんな感じなのであまり違和感はないのだが珍しいものなのだろうか?
メニューとしてはご飯、お麩と豆腐と九条ネギの味噌汁、ほうれん草のおひたし、納豆、卵焼き。
確かに自分でも純和風というイメージはあったが普通はあまりない光景なのだろうか?

「そんなに珍しいかな・・・?
私はいつもこんなのばかり食べてるからこれが普通って感じなんだけど・・・」
「んーわかんないけど。でも、僕はこういう温かい朝食って好きだよ。」
「ありがとう。ならこれまで通りにするね。」
「うん!」

温かい朝食。
今までそう感じた事はなかったけどそう言われてみるとそうなのかなって気もしてくる。
でも、それと同時平行で込み上げてくる罪悪感。
これが誰に対してのものなのかなんてわかりきっている。
私は今まで幸せにならないことを贖罪だと思ってきたが違うのだろうか・・・?
その問いを投げかけたところで答えをくれる人は誰もいない。
そんなことをぼーっと考えていると食事を終えたシンちゃんが声をかけてきた。

「ね!。今日は仕事あるの??」
「え?あ、ないよ。昨日のうちに原稿は仕上げたし、今日は予定はなし。」

その返答にシンちゃんはパァっと笑顔になった。
そして、台所にいた私の所まで駆けて来るとそのまま抱きついてきた。
まだ、私の方が身長が高い為、シンちゃんが見上げる形になる。
その見下ろしてみるとまだセットされていない髪がさらさらとな輝いていて、
それと同じぐらい瞳も輝いていたのだ。
私はなんなのだろうかと困惑する。

「じゃあさ!外に出かけようよ!買い物でもしにさ!」

確かに最近外に出ていなかった気がする。
職業柄しょうがない事なのだが・・・
シンちゃんが来てからずっと家だったし・・・
よく考えればシンちゃん用のものとかも買ってないんだ。
そう考えると買出しに行くべきかと思い笑顔で返事を返した。

「そうだね。行こうか。シンちゃんの生活に必要なものも必要だろうし。」
「そんなの気にしなくてもいいのに。でも、一緒に久々に出かけれるね!僕、早速準備してくるねー!」

それだけを言うとシンちゃんは寝室へと消えて行った。
私はその姿にクスクスと笑いを漏らす。
そして、とりあえず食器だけ片付けてしまおうと水道を捻った。
私達はそれからしばらくして街へと繰り出したのだった。

!このベッドどうかなぁ?」
「あ、格好いいねぇ!これにする?」

黒のフロアベッドを二人して見ながら談笑する。

「でも、これ結構高いよ?」
「いいよ。気にしなくて。それがいいならそれにしよう?」
「じゃあ、これで!」
「ふふっ。じゃあ決定ね。」

そう言ってが店員の下へと駆けていった。
シンはその間そのベッドを見て笑いを浮かべる。
こんな風に誰と一緒に暮らす事になるなんて思ってもいなかったから嬉しくてしかたかなかったのだ。
家族ってこんなものなのかなぁって思いながら次に何を選ぼうかと思案する。
すると急に肩をトンっと叩かれる。
誰かと思い、振り返ってみるとそこに居たのは険しい表情を浮かべたノブとヤスだった。

「シン!!お前、急に居なくなったと思ったらこんなとこで何してんだよ!!」
「ノブさん・・・」
「シン、何してるんだ?こんなところで。いくらお前自身の事だからでちょっと身勝手過ぎないか?」

その言葉にシンはその端整な顔を歪めた。
その時、丁度支払いを済ませてきたが戻ってきたのだった。

「どうしたの?シンちゃん。・・・ってノブにヤス・・・?」
!?」
ちゃん?なんでシンと・・・?」

二人は驚いた様子で私を見て来た為、私はそれで状況が把握できた。
シンちゃんはきっとこの二人に何も言わずに私の所に来たのだろう。
しかも、シンちゃんが住み始めてから二週間。
家を出る事はなかったし、私も彼らに会う事もなかった。
だからきっと二人がシンちゃんが私の所に住んでいる事を知らなかったのだと理解した。
私はすぐさまそう思うとシンちゃんの肩をぽんっと叩いた。

「そんなに不安な顔をしないでいいよ。追い出さないから安心して?」
・・・」
「二人もこんな往来で揉めるのもなんでしょ?とりあえずどこか静かなところに行きましょう?」

状況にしばしついていけてない様子だったが二人は了承し、私達はとりあえず場所を移動した。
私達は静かな公園へと行きつくと状況を全て説明した。

「なっ!?お前、シン!!の家に住んでるって!?」
「そうだよ。」

シンちゃんは不機嫌そうにそう言った。
ヤスも難しい顔をしたが何も言葉はなく事の成り行きを見守っている。
ノブはやはりそれは許せないらしく声を荒げていた。
私はそれに見かねて口を挟んだ。

「ノブ。シンちゃんばかりを怒るのは間違いだと思う。」
!?」
「だって、私も了承したのだから私にも責任はある筈よ?
それに・・・私はシンちゃんが住んでくれて助かってる部分もあるの。」

その言葉にシンちゃんも目を丸くした。
そして、その時になってようやくヤスが口を開いた。

はシンを同居させる事に軽く返事をした事にも確かに問題はあると思うよ。
でも、にはシンを住ませて助かる部分もあると言った。それなら俺は反対しない。」
「ヤっさん!!!」

その言葉に私は笑顔を浮かべるとゆっくりと口を開いた。

「ありがとう。ヤス。ねぇ?ノブ。私ね・・・今までこうやって本当に温かい暮らしをした事なんてなかったの。」

その言葉に三人の視線が集まる。
私はゆっくりと意を決して告げた。

「私、皆と出会ってから色々と幸せだと思えるようになってきた。
今まで家族と一緒に暮らしてきても顔も合わせる事なく擦れ違いの毎日で。
むしろ義務感だけでただ暮らしていただけみたいなものだった。」

あの時から私の家族はよりバラバラになった。
全ては私のせい。
私がこんな姿で生まれなければよかった。
そうすれば家族だって纏まって弟だって死なずにすんだ。
私が生まれた皺寄せが全部弟に行ってしまった。
そして、弟は死んだのだ。
だから、温かな場所なんて与えられる筈はないと思っていた。
でも、今確実にこの場に私の居場所があるのだ。
私はやっぱり人だから一人では生きられないんだ。
そう気付いたからだから。
きっと贖罪は孤独になる事なんかじゃないって思えてきたから。

「だから私は今、シンちゃんが一緒に暮らしてくれて家族ができたみたいで嬉しい。
そして、毎日の日常の中には皆みたいに心配してくれる人達もいる。
それが凄く幸せ。だからシンちゃんが一緒に暮らすことを了承したのは私の意志。」
・・・」
「だから、シンちゃん一人を怒らないであげて?私がもっと周りに気を配ってればよかったんだから。」

その言葉を告げるとノブはなんだか悪い事をしていたみたいな表情を浮かべてこちらを見てきた。
そのときヤスはこう告げた。

「いいんじゃないか。ノブ。ちゃんの家に住み始めてから
シンの奴、あの仕事もしてないようだし。それを思えばちゃんにもシンにもプラスになっている。」
「ノブさん。俺、確かにちゃんと言いに行かなかった事は悪いとは思ってる。
本当ならこんなに簡単に女の人の家に住んじゃいけないって事も。
でもさ、は家族みたいに心配してくれたり怒ってくれたりして・・・
凄く幸せをくれて温かくてだから一緒に暮らしてみたいって思ったんだ。」

今度は私が驚かされる番だった。
そんな風に思ってくれていたなんて思いもしなかったから。
そして、それはノブも同じだったようで。
ノブも目を見開くと最後には少し困ったような笑顔を浮かべた。

「なぁーんか俺一人が悪者みたいじゃん。」
「ノブ・・・」
「いいよ。もう。二人がそういうならそれでいいと思うし。」

その言葉にようやく緊張感漂っていた空気が和らいだ。

「だけど、シンに何かされたら言えよー!!」
「なっ!ノブさん。人の事悪く言うの止めてよね!!」

その言葉に私とヤスは笑いを漏らした。

「手の掛かる弟分が二人も居ても大変だな。」
「ヤスには、私という妹分も居るから苦労掛けます。」

冗談めかしてそう返すと肩を竦めてじゃれ合っている二人を見た。

「可愛げのあるみたいな妹ならいいがあんな生意気な弟分はいらないな。」

私は皆から色々なものを貰ってる。
温かな気持ちをたくさん。
きっと幸せになってもいいんだよね?
孤独でいる事が贖罪じゃないんだよね?
そう思ってもいいんだよね?
私は静かにそう誰にでもなく問い掛けた。
私の世界の色は確実に変わってきていて。
今にも色鮮やかに咲き乱れるように染まっていく。
誰もが羨むような綺麗な世界へと。
でも、そんな時に必ず落とし穴が広がっているものなのだと私は数日後に思い知る事になるのだった。