様っー!我らの鍛錬にも付き合って下され」
「はい。今、参りますから少々お待ちください」
様っ!この構えならばどうでしょう?」
「そうですね・・・もう少し軽く刀を握って力が入り過ぎていますから」
様ー!」

武田の城内にてあたふたと駆け回る殿。
どうにもこうにも気に喰わん!






を繋ぐは骨の楔

第十夜 龍に溺れる鬼の恋







殿がお館様の養女になられて早数週間。
時がそれ程過ぎれば何時の間にか武田の姫として風格も出てきて。
今では皆にも完全に打ち解けられた。
それは喜ばしい事なのだが。
最近、殿は皆に構い過ぎである。
某と共の時間が日に日に短くなっているような気がする。

「ううっ・・・殿ぉ・・・」

未だに鍛錬から戻らぬ殿を想い、情けない声を上げる。
嗚呼、いかんいかんと思いつつもやはり溜息を漏らしてがくりと項垂れた。

「なぁにやってんの。旦那」
「佐助かぁ・・・ハァ・・・」

現れた佐助の姿を見て某は思わず溜息を吐く。
どうせ現れるならば殿が良かったのにと。
すると、その心中を察したのか佐助が溜息を吐き俺の隣に腰を下ろした。

「旦那・・・幾ら俺がちゃんじゃなかったからがっかりし過ぎ!!」
「ハァ・・・殿ぉ・・・」
「駄目だこりゃ。聞いちゃいないよ」

佐助が何か言っておる様子だったが言葉は耳に入る事なく過ぎ去っていく。
幾ら考えても某の心に過ぎるは殿の事ばかりなのだから。
そう思うとまた溜息が口から自然に零れる。
丁度その時であった。
ふいに自分の頭上が翳ったのは。

「幸村殿。お待たせ致しました。・・・?何だか元気がありませんね?」

頭上から響いてきた待ち焦がれた声に某は勢いよく顔を上げる。
そこには殿のどこか心配そうな表情があり、思わず見入ってしまう。
一時離れていただけでこうも恋しくなるものだろうかと思いながら。
自分の瞳にその顔を焼き付けるようにじっと見つめる。

「幸村殿?」

何か尋ねる殿の声が響くが某はそれでも夢中で殿を見つめ続けた。
改めてみればやはり殿は綺麗な女子である。
大きな瞳を縁取る長い睫毛、桜色の唇、顔に掛かる絹糸の様な髪、白磁の肌、純粋無垢な心。
どれをとっても美しくまるで天女の様な女。
誰にも渡したくない。
そう思わせるほど大切な人。

「佐助。幸村殿は一体どうしたのだ?」
「いやぁ、ちゃんに会いたくて仕方なくて壊れちゃったのかねぇ?」
「は?それは一体・・・?」
殿ぉおお!!」
「きゃっ!?ちょ、幸村殿!?」

何か佐助と話していた様だが見つめている内に襲い掛かってきた衝動に身を任せて殿に抱きついた。
嗚呼、本当にずっとこうしで腕の中に閉じ込めてられればいいのにと思うほど心地いい心持になる。
髪一本も誰にもやりたくない程に。

「あー・・・俺様邪魔っぽいよね?うん。邪魔みたい。そうだね。うん」
「ちょっと待て!!このまま放置してくつもりか!?」
「いやぁ、恋仲の二人を裂くのも心が痛いし。じゃあ!そう言う事で!」
「凄まじく楽しそうな笑みを浮かべて嘘を申すな!!」

立ち去った佐助に向かって叫び声を上げる殿であったが結局佐助の姿は見えなくなり、諦めたように溜息を吐かれた。
それを聞き、某は殿の表情を伺う。

「もしかして、ご迷惑だったか・・・?」
「え?あ、いえ、別に構いませんよ。いきなりで少々取り乱しただけですから」
「それならよかった」

少し顔を朱に染めて某の腕の中に素直に納まる殿。
愛らしく思わず口づけを施したくなるほどに。
許されるならこのまま抱いてしまいたい。

殿」
「何でしょうか?」
「最近、皆に構い過ぎてござる」
「・・・はい?」

意味が判らないと言った表情を浮かべられたので某は説明した。
最近、某との時間が減ったと。
すると、殿は暫く目を丸くして固まった後。
声を上げて笑い出した。

「あはははっ!」
「わ、笑い事では御座らん!!某にとっては大事な問題で・・・」

必死で訴えるもどうにも笑いのツボに入ったらしく笑う事を止めて下さらない。
某は何だか恥かしくなってしまい、思わずそっぽを向く。
その様子に慌てて殿が某に近付いてくる。

「ああ、拗ねないで下さいませ」
「拗ねてなどおらぬ」
「拗ねてます。ふふ、そうですね。そう言われてみればそうかもしれませんね。
私とした事がまさかあれ位で嫉妬されるとは思っても居なかったもので嬉しくなってしまったのですよ」

嫉妬・・・?
その言葉に首を捻り暫し考え耽る。
そして、その言葉の意味を理解すると某はそう言われて見ればそうかと納得する。
この気持ちは嫉妬かと。
初めて感じたこの気持ちは嫉妬かと。
だが、理解すると同時に更に恥かしさは増す。

「そ、某なんだか恥かしいでござる」
「何を恥じらう必要があります。私とて嫉妬ぐらいするのですから気にせずとも良いのに」
「・・・そうなのでござるか?」

初耳である。
というか余り殿は感情が表に顕著に出る人ではない為、全く持って気付いていなかった。
でも、互いに想い合っているのだから殿もそういう感情を抱いてもおかしくない。
むしろ、本当に想い合っているからこそ有り得る話であるではないかと気付き得心する。

「そうですよ。ですから私は嬉しゅうございました」

柔らかく微笑み告げる殿を見て某はどきりと胸が高鳴る。
嗚呼、本当に美しい笑みだと。
愛おしくて堪らなくなる。

殿」

本当に本当にどんな言葉を用いても告げきれぬ想い。
某はどれほどこの方を愛すのだろうか。

「何ですか?幸村殿」
「俺は・・・どうしようもなくが愛おしい」
「・・・はい。私もです」

同じ思いだと告げられれば言い様もないぐらいに満たされる。
俺は、ただ静かにの唇に自らの唇を重ねた。
茜色の空だけがそれを見つめていた。