「てめぇが何でここに居やがる!?小次郎っ!」

鋭く射抜くような視線と咎めるように告げられる言葉。
こんなにも早くこの方と再会する日が来るなど誰が思っただろう。
お舘様を除いて皆々に動揺が走った。
木々萌えゆる庭を臨む謁見の間で。






を繋ぐは骨の楔

第十一夜 因縁の再会を果たして







突如、武田の城を訪れた伊達政宗とその家臣である片倉小十郎。
話の内容は同盟との事だった。
近日、織田の動きが激しくなっている事が関係しているのだろうとすぐ察しはついた。
ただ、本人が来ているとまでは思わなかったのだ。
私も幸村殿も佐助も。
使いの者がちゃんと連絡しなかったのも悪いが一気に一触即発の空気としてしまった。
普通に考えればすぐにでも斬り捨てられる所を何事もなく済んでいるのはここが武田の城であったからだ。
何処か冷静な脳内で思考を巡らせ状況を理解するとそっと息を吐く。
それに気付いた幸村殿がそっと私に小さな声で話しかける。

殿。大丈夫で御座るか?」

心配げに揺らぐ瞳を見て私は安心させるように微笑む。
正直、身体が微かに震え、喉が酷く渇く。
それでも逃げずにこうして立って居られるのは幸村殿が居てくれるから。
それだけでも心強いと言うのに佐助も何かあったら助けると言わんばかりにこちらを見守っているし。
お館様もじっと口を噤んではいるが抜刀などとなれば黙ってはいないだろう。
だから、私は皆に後押しされるように前へと進んだ。
漆黒の髪が木々と共に風と動きに揺られる。
兄上と小十郎の横を抜けてお舘様の傍に寄ると腰を降ろして兄上へと向き直る。
そして、そっと手を突き御辞儀をすると凛とした声で告げる。

「男物の着物での謁見申し訳ありません。武田が姫、と申します。
女の身でこの様な姿をしていますは姫武将として戦にも参加しているからで御座います」

きっぱりと告げきった私にお舘様は満足気に微笑まれて後押しするように告げた。

「この者は武田に女子ながら戦に志願したのじゃ。血は繋がってはおらぬが中々の力量を持った自慢の娘よ」

幸村殿も私の凛とした姿に驚いていらっしゃったがそっと安心されたように息を吐くと自分も部屋へと入り、腰を降ろした。
兄上と小十郎はと言うとまだいまいち状況が理解できないようで困惑した表情を浮かべている。
真っ先に動いたのは言うまでもなく兄上だった。

「どういう事かいまいち理解できねぇ。が、噂の姫武将とやらはそいつだって事は判ったぜ。
そうなりゃ俺はこの同盟を締結させる為にも無闇に手出しはできねぇ。唯、一つ聞きたい。お前は間違いなく小次郎だな?」

その問いに答えていいものかと迷う。
緊張からか痺れる様な言いようのない感覚が全身に駆け巡る。
けれど、逃げないと私は決めたのだからもう何も隠せず全てを打ち明けてみようとゆっくりと口を開いた。

「お舘様。同盟の話の腰を折るようで申し訳ありませんが少しお時間を頂いてよいでしょうか?」
「うむ。構わぬ」
「ありがとうございます。・・・では、私の全てをお話致しましょう。
先に述べて置きますが全ては偽りなき事と受け止めて下さいませ。お二方」

まだ戸惑いを隠せぬ小十郎と神妙な顔つきの兄上にきっぱりと申す。
すぐに了承の意を告げられて私は静かに語りだした。
自身の過去を全て早鐘の様に鳴り響く、鼓動と共に。

「私は確かに昔、伊達小次郎として生きて参りました。
母である義姫が画策により男として密かに育てられる事になった事が全ての発端で御座います」

そう、あの女が全ての始まりだった。
素晴らしい程の美貌を持つも冷酷非情な女であったあの母が。
自分の私欲の為に私を駒として使う為に男として育て始めた。
物心ついた頃にはもう諦めがついては居たがそれでも母を好きになる事などできなかった。
愛などは無かったのだから。
いつもいつも力をつけよと女でありながら男として育てた私を突くのだ。
その冷たさは鋭い刃で心臓を貫かれる様だった。

「女である身を隠して生き続けさせられたのは母、義姫が私を駒として使い、家督を継がせるが為。
私は毛頭家督を継ぐが為に生きては居りませんでしたがあの方はそういうつもりでした」

思えば幼き頃は強くあれば母に愛されると思い、男としてあろうと強く願った。
けれど、いつしか母の愛など諦めていた。
幼心ながら気付いたのだ。
母は愛など与えてくれぬと。
いつしか母は恐怖の象徴となり、その後に夢見たのはせめて兄からの愛だった。
どうしてもその頃の私は肉親の情を欲していたのだ。
それだけではなかったけれど、それも大きかったのだろう。

「私自身はただ、兄上である貴方の天下の助けになるならばと男として生きても構わなかった。
だけど、貴方に仕える事なく、私は母の謀反の罪を背負い、切腹を貴方に命じられたのです」

誰よりも敬愛し続けた貴方からの言葉をどれだけ心が壊れそうになりながら受け止めたか。
貴方はきっと解らないだろう。
私の事など一度も見ようとしようとは思わなかった貴方には。
いつも何処か直視する事はなかった。
母に関わる全てを拒絶する様に。
でも、この人も母が恐ろしかったのかもしれない。
考えてみればこの人も私と同じ絶望を味わった人だから。

「私は絶望に打ちひしがれました。言われもない罪を背負い何故死なねばならぬと。
ただ、絶望しても一つだけ手に入れたいと望む心が私を突き動かしたのです」

今漸く手に入れた大切な方。
自分を必要としてくれて愛してくれる人。
それが欲しくて欲しくて私はあの城から命からがら逃げたのだ。

「その望みを叶えるが為に私は逃げました。城から。行く宛もなくただ彷徨う中、私はついに行き倒れました。
そこで出逢ったのが真田幸村殿です。幸村殿は私を助けて下さり、この地へ来る事となった」

偶然とは思えぬ程の出来事。
あの日、あの場所で倒れなかったらきっと出会えなかった。

「この地に来て暫くは男として暮らしていましたがつい先日様々な事があり、女としてこの地で落ち着く事となりました。
それもこれもお館様の慈悲や幸村殿の優しさ故の結果。私の話はそれだけです。偽りのない私の真実でございます」

きっぱりと言い切れば二人ともやはり未だに信じられぬ表情を浮かべていた。
弟だと思っていた者が妹であって、謀反とは冤罪であって。
それを一概に全て信じよと言っても難しい話であろう。
だが、兄上は急に口を開いた。
予想もしなかった反応の速さに私は驚く。

「Ha・・・そうか。It understood.お前は嘘は言っちゃいない。
嘘をついている目には見えなかった。全く俺とした事が結局あのババァに振り回されてたって事かよ」
「政宗様!?この者の言う事を全て鵜呑みにするのですか!?」

小十郎が慌てて反論するが政宗がきっぱりと肯定する。

「ああ。それともお前俺の見る目がないって言いてぇのか?」
「い、いえ、そう言うわけでは・・・」
「なら、反論するなよ。第一、虚偽を言うような奴甲斐のおっさんが引き入れる筈がねぇ」

その言葉に小十郎も漸く納得した表情を浮かべる。
兄上は改めてこちらを見る。
こうやって同じ場所にこんなにも長い時間居るのは初めてかもしれない。
そう思いながら私も兄上を見つめ返した。
すると、驚く事に兄上は兜を取るとそのまま頭を下げた。
下げたというかもはや土下座だ。
唐突の事に私を含めた面々が驚く。
が、兄上はきっぱりと告げた。

「こんな事で許されるとは思っちゃいねぇ。
けど、お前の苦しみに気付いてやる事も出来なかった上に冤罪で死ねとまで告げた。
何も真実を見極めていなかった愚かな兄を許して欲しい。この通りだ。小次郎・・・否、

どうしていいのか判らなくなる。
言い知れぬ感情が胸に去来する。
頭を下げられても私はどうする事もできない。
この人を憎んではいない。
ちゃんと見てはくれなかった事は悲しくて仕方がなかったけど。
だけど、憎みはしなかった。
それを伝えたいけれどどう接していいか判らずに戸惑う。
立ち上がり駆け寄りたい衝動にも駆られる。
でも、そうしていいのかどうか判らない。

殿」

その時、そっと私の隣で幸村殿が優しく声をかけた。
顔を向ければ幸村殿は優しく微笑んでおられて私に告げる。

「迷わずとも貴女の思った通りに行動すればいい。それが全てでござる」

幸村殿のその言葉一つで心が落ち着きを取り戻す。
言われた通りだ。
恐れていては何も始まらぬ。
今を逃せば私はきっともうこの人を兄と呼ぶ事が無くなるかもしれない。
私はそう思うと勢い良く立ち上がり、兄上へと駆け寄った。

「もう・・・もう、頭を上げてください。あ・・・兄上様」

予想していなかったのだろう。
兄上と呼ばれる事を。
目を丸くして顔を上げて私を見つめられた。
きっと私の今の顔は酷いだろう。
何だか色々な想いが入り混じり、涙が流れている。
でも、どこか穏やかな心持ちで笑みが自然と浮かんでくる。

・・・」
「私は決して兄上様を恨む事はありませんでした。事情を知らなかったのです。それでどう恨みましょう?」
「だが、それでも俺は気付くべきだった!!何としても!」

私はその言葉に首を横に振る。

「今の私があるのは、過去の私があるからです。今、私は幸せです。
こうして武田の皆様に良くして貰って、貴方をこうやって兄と呼べるだけで」

過去はいいのだ。
もう、過去は。
今はこうやって幸せだから。
微笑を浮かべてじっと見つめれば暫くして両手を畳から放して私へ向ける。
そして、ぎゅっと力強く抱きしめた。

「Sorry・・・本当にすまないっ!!!」

頭をそっと撫でられてどこか涙を堪えるような声で告ぐ言葉。
私はそれに頷くようにその背に腕を回した。
温かく安堵する温もり、それは欲して止まなかった兄の温もり。