「幸村殿。私は決めました。女として生きる事を」
唐突に告げられた事に幸村は食べていた団子をポトリと落とした。
あまりにも自然に告げられて脳内で言葉を処理仕切れなかったのである。
理解しようと思考に耽っているのか団子を落とした事にすら気づいていない。
「あの、幸村殿?」
反応がないのに不安を覚えて問いかけると幸村はの肩を掴んだ。
「某の・・・・某のせいでござるかぁああああ!?」
「へ!?」
龍を繋ぐは朱骨の楔
第九夜 戦国に舞い降りし姫武将
「お、落ち着いてください。幸村殿!!」
「いや、しかしぃいいい!!・・いだっ!!」
落ち着かない幸村の頭を思わずお盆で殴ってしまった。
咳払いをして少し涙目な幸村の頭を撫でてやりながら口を開く。
「女として生きるとは言いましたが武将をやめるとは言っておりませんよ?」
「へ?」
「お館様にはお許しをもらいました。事情を話したらむしろ喜ばれました。
それで、女武将として生きることは大変だろうがその手助けはできる限りしようと仰られて」
の話についていけていない幸村は首を捻る。
そして、呻くとに待ったをかけた。
「殿、つまりどういうことなのだ??」
「・・・要約するとですね。幸村殿と私の仲については公認。
さらに女武将として生きる為には地位も必要であろうと仰られて、あろうことか私を養女に迎えたいと言われまして」
「・・・・養女!?」
幸村はようやく事の重大さに気づいて眼を見開き叫んだ。
はというと米神を押さえて話を続ける。
「はい。私には身に余る栄誉だと思い、断ろうと思ったのですが。
武田軍に入れていただいたことなどを恩に思うのならば恩返しに養女になって欲しいと申されまして・・・・」
「で、引き受けたのでござるか?」
「やむ終えなく・・・それに虎の娘ならば武将になっても問題はないであろうと仰られまして」
確かに正論である。
武田軍は元々雰囲気もよく、女武将が入ろうとも険悪にはならないであろうが。
後ろ盾は無いに越したことはない。
その後ろ盾が他ならぬ総大将であれば異を唱えるものなどいまい。
「しかし、何故急に女と明かすことにしたのでござるか?」
「・・・幸村殿。私は男としてこの軍に居る」
飽きれたようにがそう告げるのを幸村は不思議そうに聞く。
「そうでござるな」
「その男が毎夜毎夜幸村殿の寝所を訪ねることでどうなるかわかっていらっしゃるまい?」
「ん??どうなるのでござるか?」
全くわかっていない幸村を見ては溜息を吐いて眉間に皺を寄せた。
「・・・失礼。貴方は自身の事となると無頓着かつ鈍感でしたね。つまり男が寝所を訪ねれば幸村殿が男色だという噂が出てもおかしくないのです」
男色。
その言葉をしばらく半濁させる幸村。
そして、その意味を理解したと同時に顔をさーっと青くした。
「そそそ某は男色ではござらん!毎夜抱いているのは殿であって!いっ!」
いきなり困惑して何を言い出すかと思えばとんでもないことを大声で叫び始めた幸村。
は顔を真っ赤にして盆を手に取ると思いっきり力の限り盆で殴った。
ついにお盆は真っ二つに粉砕された。
「大声で何を口走っているのですか!」
「申し訳ないで、ござる・・・・」
普段破廉恥破廉恥と叫んでいる男が破廉恥なことを叫んでどうするのだ。
はまた頭痛を覚えた。
「とにかく。そんな不名誉な噂を立てられては幸村殿にとっても私にとっても不名誉。
ですから、女武将として生きることを選んだのです。そうすればもう隠すこともない」
全てをおおっぴらにできる。
そうは暗に言った。
しかし、幸村は微妙な顔を浮かべた。
「確かに某は嬉しいでござる。殿を縛る枷がなくなる。だが、殿は本当に大丈夫でござるか?伊達家のことなど・・・」
幸村が言いたいことはわかっていた。
まだできていない過去の清算。
それはきっといつかはしなければいけない。
だけど、の中では伊達家などもうどうでもよかった。
伊達家ではは伊達小次郎としてしか存在しなかった。
伊達小次郎としての全ては幸村と心を通わせた時点で払拭していた。
もう伊達小次郎として柵や枷は全てなくなっていたのだ。
幸村と心を通わせ生きる道を見つけた時点で
わからなかった女として生きる道を見つけたのだ。
「幸村殿。私は大丈夫ですよ。兄との事はいつか決着を着けねばならぬでしょう。
それ以外はもう全て捨てきりました。清算し終えたのですよ。だから、私はとして生きることを決めたのです。貴方の傍らに居れる様にと」
の予想外の告白に幸村は顔を紅く染めた。
「そう、であったか。うむ、な、何やら照れるでござる・・・・」
「ふふ。可愛らしい御方」
「かわ!?」
予想外の言葉にどうにもバツの悪そうな表情を浮かべる幸村。
それを見て笑いを浮かべるとは背後に声を掛けた。
「ということなので佐助。貴方にも黙っていたが理解いただけたかな?」
「ぬぉ!?佐助!?」
の言葉に幸村も驚いて背後を見る。
すると天井からすっと人が降りてきた。
「理解はした。けど、人が悪いよなぁ。真田の旦那も。俺、結構旦那の腹心だと思ってたのにさー・・・俺様泣いちゃいそう」
「ええい!!気持ち悪い!!なよなよするでない!!確かに某も何も言っていなかったことは悪いと思うが・・・それは・・・その、だな」
どうにも歯切れが悪い。
その様子にと佐助は顔を見合わせた。
「何が言いたいのさ。旦那」
「いや、だから・・・殿の秘密を独り占めしておきたかったのだ!!」
「「・・・・・は?」」
まさかの言い分にと佐助は声を揃えて驚いた。
しかし、幸村は必死に言葉を続けているところを見ると本気なのであろう。
「殿は男装をしていようと美しい方だ。
もし、女だと知ったならば佐助であろうと惚れたかも知れまい!そう考えると誰にも話したくなかったのでござる!」
予想外の言い分に二人はしばしぽかんと唖然となった。
「幸村殿、それは本気で言っているのですか?」
「本気では悪いのでござるか!?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。旦那ってば独占欲が強いっていうか・・・」
佐助とは互いに見合わせると耐え切れなくなり笑いを漏らした。
「な!?何故笑うでござる!?」
「い、いやしかし。幸村殿。それはありえない・・・・」
腹を抱えて笑う二人の姿に幸村は段々と不機嫌になっていく。
「もういいでござる!!」
「幸村殿、拗ねないでください。ふふ・・・くっ!」
「そうそうー旦那ってば可愛いんだからーくっふふっ!!」
まだ笑う二人に幸村は我慢の限界を達しそうになったがそれはによって止められる。
「もう幸村殿はそういう所があるから好きになってしまったんですよ。私は」
手を握られてそう微笑むに幸村は目を丸くする。
「そ、そうでござるか?」
「はい。それに私、佐助のこと毛嫌いしていたので全然眼中にはありませんでしたし」
「うわ、酷いなぁーま、でも俺も腹心の座取られそうだったし?色々邪魔はしたけど」
どうやら幸村の知らぬところで戦いがあったらしい二人は火花を散らせて笑いあっていた。
しかし、どうやらその誤解も今ので解けたらしく本当に険悪といった空気はない。
「ま、これからは旦那の奥方になるかもしれない人だし?
それでなくても虎の姫君になるって言うんなら守らざる得ないっしょ?」
「守られるかどうかは別として援護ぐらいはお願いしたいですね」
そう言い合う二人を見て幸村も微笑んだ。
「うむ。これからは三人一層お館様の為に頑張ろうぞ!!」
そして、次の日。
は正式に武田信玄の養女となり、武田と言う名の武田の姫武将となった。
意外にもは軍全体にあっさりと受け入れられ。
その日のうちに姫として馴染んでしまった。
宴の中で満足そうに微笑むお館様や佐助、幸村殿の姿を見て。
は、ここで生きることとなり心からよかったと思うのだった。
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