「悪いな。甲斐のおっさん。
取り合えず同盟の話は明日にさせてもらえねぇか?今日はと話がしてぇ」
「わしは一向に構わん。今日は兄妹水入らずゆっくり語らうが良い」

そう告げられて何だかんだ言っている内に本当に二人っきりにさせられてしまったのだが。

「「・・・・・・」」

どうにも沈黙が続いてしまう。






を繋ぐは骨の楔

第十二夜 双龍の語らいと蒼紅の争い







誰か一人二人でも残ってくれれば良かった。
互いに何か言葉を交わしたいと思ったが急にそんな風になってみれば上手くいく訳もなく。
ただ、向かいあって沈黙が続く。
どうすればいいのかとおろおろしているとふいに兄上が口を開いた。

「何っつーか変な感じだな」
「え!?あ、は、はい。そうですね」

何が変なのかよく判らないが思わず肯定してしまう。
どうにも変な声が出てしまったが今更どうにも出来ないと顔を朱に染めて言葉を待つ。
すると、横で肩を震わせて声を押し殺す姿が視界にちらついた。
不思議に思い兄上を見るとどうも笑いを堪えているらしい。
それに思わずかあああっとなる。

「あ、兄上様!!わ、笑いたければ笑えばいいじゃないですか!!」
「Sorry・・・ブッ、ククッ!あ、あまりに緊張してる面で面白くてっ・・・くっ!」
「兄上様!!」

さっきまでの緊張は一体なんだったのか一気に雰囲気をぶち壊される。
全くと思いつつもどこか和んだ空気の中で兄上は私を見た。

「しっかし、そうやって女物の着物を着てみると本当に女だったんだなって実感させられる。
本当に何で男だと思ってたのか判らないほど綺麗じゃねぇか。我が妹ながら驚く程美人だ」

言われ慣れぬ言葉に先程とは違う恥ずかしさが襲う。
頬が赤くなり、熱が上がるような錯覚に陥る。

「せ、世辞など要りません」
「世辞じゃねぇ。本気でcuteだぜ?」
「・・・っっ!」

こういう時、異国語なんて学んでいなければと思ってしまった。
兄上が好んで使われると聞いて昔学んでいた知識が変なところで役に立ってしまう。
ああ、本当に顔が熱い。
そんな私の様子を楽しげに見つめる兄上がふいに告げた。

。一つ聞きたい事がある」

急な真剣な声色に視線を兄上に向けると答える。

「何でしょうか?」
「お前は、もう伊達に戻る気はねぇのか?真実が判ったんだ。俺が説明すれば城の奴らも納得するだろう。
否、納得させる。もうあのババァは近付かせねぇし、女として生きれる。だから、戻って来ないか?伊達に」

まさかそんな申し出が来るとは思っていなかった。
だけど、確かに冤罪と判れば戻っても兄上の庇護の下、伊達で暮らす事も可能だろう。
しかし、私はそれに頷く事は出来なかった。
もし、もっと早くに再会していれば話は変わっていたかもしれないが今は愛する人がこの場にいる。
私の返事は決まっていた。

「兄上様。申し出は嬉しいですが・・・」
「伊達はやっぱり嫌か?」

残念そうな表情でそう告げる兄上に首を横に振る。
決して伊達が嫌なわけじゃない。
元々兄上の天下の助けになりたいと思っていたのだから決して嫌ではない。
だけど、私はあの人の傍に居たい。

「伊達は好きです。兄上様が愛している場所ですから。
ですが、私には大切に想う方が居ます。この武田に。私は沢山その方に助けられた。だから、伊達には戻れません」
「やっぱりそうか」
「え?」

私の返答をまるで判っていたかのような言葉に思わず声を上げる。
すると、兄上は意地悪そうに微笑む。

「真田幸村だろ?大切な奴ってのは」
「な、何で??」
「判るさ。俺はloveには敏いんだよ。まあ、お前が武田に残ろうとも俺はお前の兄だ。
伊達にはいつでもお前の居場所がある。真田幸村に嫌気が差したらいつでも伊達に戻って来いよ」
「兄上様・・・」

茶化したかと思えば急に真面目に告げられて本当に変わった方。
だけど、それでいてやはり思っていた通りの優しい御方。
私は満面の笑みを浮かべると頷いて告げた。

「ええ。もし喧嘩などした場合は伊達に里帰りする事に致します」

冗談めかしてそう告げるとどこからともなく何故か聞き覚えるのある声が響いた。

殿ぉおおおお!!その様な事言わないで下さいませ!!!」
「え?きゃっ!?」
「うおっ!?」

それは言うまでもなく幸村殿で。
幸村殿が力の限り横から抱きついてきた為、兄上を巻き込んで横に倒れる。

「真田幸村ぁあああ!!いきなり人の妹に抱きついた上に何俺まで下敷きにしてやがるっ!!」
「す、すまぬ。つい」
「ついじゃねぇ!!」

私を挟んで響く怒声と謝罪に頭がくらくらする。
それに気付いた兄上が幸村殿を退けてちゃんと座りなおさせてくれた。
幸村殿もちゃっかり私の隣に腰を降ろした。
兄上はそれに気付いてまた青筋を立てる。

「てめぇ・・・盗み聞きしてるのは知ってたがバレた途端居座る気満々なのはどういう事だ!!」

怒りを露にして立ち上がる兄上を宥める。
が、幸村殿はそんな事で怯む事無く、そのまま言葉を紡ぐ。

「いいではないか。政宗殿。いつかは兄上と呼ぶかも知れぬ仲になるかもしれませぬのに」

いきなりの発言に私と兄上は固まった。
そして、先に言葉の意味を理解した私が顔を紅く染める。
何をさらりと爆弾発言しているのだ!この人は!!
全く持って天然は侮れない。
というかわざとだろうと疑いたくなる。
一方、兄上は沈黙を守っていたかと思えば手を刀に添えだして今にも抜刀しそうな空気を醸し出した。

「OK・・・OK・・・そんなに今すぐ殺されてぇか。、悪いがこいつは諦めろ。
まだ硬派な方だし、実力もある男だからいいと思っていたがやっぱりこいつにお前はやれねぇ」
「え?え?」

話についていけず兄上を見つめる。
すると、兄上は私を自分の背に押しのけて幸村に近付く。

「てめぇ、普段破廉恥破廉恥言ってるくせに結婚は破廉恥には入らないのかよ!?
ってか、お前まさかもうに手ぇ出したとか言うんじゃねぇだろうなぁ?ああ?」
「そ、それは・・・その・・・」

ああ、もしかしなくてもこれはまずいのでは?
焦りだすも束の間。
やはり敏い兄上は口籠もる幸村殿を見て全てを理解したらしく。
また一つピキッと青筋を立てて今度は両手で両側の刀に手を掛けるとついに抜刀した。

「真田幸村ぁああ!!てめぇ、にもう手ぇ出したのか!?」
「も、申し訳ござらん!!」
「謝って済むか!!絶対、てめぇにはやらん!!この場で斬り捨ててやる!!」

今にも襲い掛かろうとする兄上を見て漸く我に返り兄上の腰に抱きつく。
もう必死である。
このままでは本気で殺しかねない勢いなのだから。

「あ、兄上様!!お、落ち着いて!!」
「落ち着いてられるか!折角、和解もしてこんなcuteな妹なら可愛がって大切にしなければと思った矢先。
男に手籠めにされてるなんて判ったんだぞ!?誰が許すってぇんだ!?・・・絶対に殺してやるっっ!!」

て、手籠めって・・・
確かに最初は無理矢理でしたけれど今は同意の下だとは言えず取り合えず止め続ける。
が、しかし、状況を悪化させる人物が立ち上がってしまった。

「こうなればお相手致そう!!勝てば殿との仲認めてくださいますなっ!」
「ええっ!?」

ちょっとどうしてそうなるのですか!?
幸村の唐突の発言に驚いて私は双方を見合う。

「いいだろう・・・どうせ勝つのは俺だ」
「いいや、某でござる」
「え?ちょ、お二人とも!!」

どうにも私の声は二人にはもう入っていないらしい。
張本人を差し置いてどういう状況ですか。
いやいや、それより早くこの状況をどうにかせねばとおろおろとしているとたちまち刃の交える音が響きだした。

「ええ!?始めるの早い!!ど、どうしましょう。え、えっと・・・小十郎殿ぉ!!佐助ぇ!!」

一人ではどうにもならぬと思って慌てて二人を呼ぶ。
すると、どうにも心配で近くで控えて居たらしい二人が慌てて走ってきた。
そして、二人の状況を見て目を丸くする。

「ええっ!?な、何やってんの!?この二人!?」
「ま、政宗様!?様、一体これは?」

驚く二人に私は慌て駆け寄る。

「ええっと事情を説明すると長くなるのですが私を嫁に出す出さないで喧嘩し始めて・・・と、とりあえず止めないと!!」
「あーもー!!意味判んないんだけど!?確かに止めないと流血沙汰になりかねないし!真田の旦那ぁ!!ストップ!!」
「政宗様っ!!貴方もです!!!」

慌てて二人が止めに入る。
しかし、二人はそれでもどうにか戦おうと羽交締めにされながら暴れる。

「小十郎!!止めるなっ!!あいつだけは殺さねぇっと気が済まねぇ!!」
「佐助!!放せぇ!!殿との仲認めて貰う為にも引けぬぅう!!」

暴れまわる二人を佐助と小十郎が必死に止めるが止まらず。
結局、お舘様が来るまで二人は暴れ続けた。
それぞれ部屋に戻っていく途中でも・・・

「真田幸村!!絶対、明日決着付けてやる!!」
「望む所ですぞ!!政宗殿!!」

そう騒ぐ二人に小十郎と佐助からそれぞれ拳骨が落ちた事は言うまでもない。
嗚呼、明日も疲れる一日となりそうだ。