翌日、同盟は無事に締結し、暫く御館様と兄上様は話があるとの事。
他の面々はそれぞれすべき事もあり、特に用がなかった私は自室の前の縁側でただ穏やかに庭を眺めていた。
生まれてこれまでここまで心が晴れたのは久方ぶりの事。
気付けば笑みが零れ、幸せを噛み締めていた。






を繋ぐは骨の楔

第十四夜 龍の右目は敬愛を示す







「ここにいらっしゃいましたか」

響いた声に視線をやれば兄上様の傍らに常に控えている腹心の片倉小十郎が居た。
龍の右目と謳われる彼とも私は言葉を交わした事はなかった。
だけど、兄上様を見ていた私には彼がどれほど優秀な武人かは理解できた。
それと同時にとても素晴らしい心の持ち主である事も。
しかし、私はどうにも苦手だった。
この龍の右目が。
理由は簡単だ。
兄上様に必要とされた者だったから。
今はそんな事もないのだが。

「片倉殿・・・私に何かご用向きでしたでしょうか?」
「いや、用と言う程でもないんですが少し話をしてみたかったんです。貴女と」

意外な言葉に目を丸くしてまじまじと見やる。
気難しそうな顔を浮かべている姿しか見た事なかったので彼の微笑というものは初めて見る気がする。
普段とは違いどこか無邪気なその姿は兄上様と通じるものを感じた。
それよりも私と話がしたいとは一体何事だろうかと向き直る。

「私などでよければ構いませんが・・・」

私のその言葉に深く頷くと片倉殿は私の隣に腰を降ろした。
そして、すぐさま口を開き言葉を紡ぐ。

「俺は、貴女の事を酷く勘違いしていた」
「え・・・?」

徐に告げられた言葉に私はまた瞳を丸くする。

「俺は、貴女が政宗様を殺すつもりだと思っていると常々思っていた」
「そう、ですか・・・いえ、そう思われるのが普通でしょう」

城内でも噂は絶える事がなかった。
人とは他人の悲劇や惨劇を面白おかしく楽しむ癖がある。
それは決して仕方ない事。
だけど、それにより私という人物像が一人歩きする事は多々あり困惑した。
彼もその噂などから人物を判断してしまったのだろう。
無論、それは私にも非がある。
人と関わろうとしなかった為、私という本当の人物像を知る者が居なかった事。
それこそがまさに噂の一人歩きをさせてしまった原因だ。
決して、彼が悪い訳ではない。

「だが、俺は貴女の人となりを見て謝らなければいけないと思った。
たった、この数日。貴女に触れてだ。それならばもっと早く気付けただろうに」
「どういう事でしょうか・・・?」

言いたい事がいまいち理解出来ずに首を傾げる。
すると、片倉殿は穏やかな表情を浮かべた。

「噂なんで嘘八百。貴女はあの政宗様に実に似ていらっしゃる。
曲がった事が嫌いで一本しっかりと芯の通った気の強い立派な御方だ」

予想し得なかった言葉に私は言葉が出なかった。
私が、兄上様と似ていると。
そんな事思いもしなかった。
血の繋がった兄妹ならば似ている所もあるだろうに当人には判らないものなのだろうが。
それもよく似ているとは。
育った環境も違うのに。
だけど、嬉しかった。
言い様も無く嬉しかった。
兄上様を一番見てきた片倉殿に言われた事が。

様、どうか命を大事にして下さいませ。政宗様は昨日嬉しげに話しておられた。
自分を理解してくれる大切な妹が居る事を知れたと。だからどうか政宗様を悲しませぬ様にして下さいませ」
「兄上様が・・・その様な事を・・・?」
「ええ。私も様をもう一人の仕えるべき主だと思っております」
「小十郎殿・・・」

この人も一本筋の通った真っ直ぐな人。
私を大切にしようとしている心が伝わってくる。
嗚呼なんて私は幸せなのだろうか。
本当に、本当に幸せで涙が溢れる。
それに小十郎殿が慌ててこちらを伺う。

「い、如何された!?」
「いえ、嬉しいのです。私は、こんなにも人に思われて嬉しくて幸せで・・・」
様・・・」
「ありがとうございます。小十郎殿。貴方の御心しかと受け取りました」

小十郎殿の手を握り、この言葉に仕切れない想いを告げる様に微笑んだ。
すると、また小十郎殿も柔らかな笑みを浮かべて頷かれた。
濡れる頬を感じながら私は手を離すととそっと涙を拭う。
が、その時。

「小十郎!今、話が・・・」
殿ー!!・・・な、なんと!?」

駆け寄ってきた兄上様と幸村殿が私の様子を見て何故か固まる。
何事かと小十郎殿と二人で首を傾げていると小十郎殿に向かって兄上様の刀と幸村殿の槍が飛んできた。
予想外の事に驚きながらも一歩下がり避けきった小十郎殿。
しかし、驚く私の同じくその顔は蒼い。
わなわなと震えながら私が二人に声を掛けようとしたが何やら得たいの知れない気迫が溢れており、言葉に詰まる。

「いきなり何事ですか!?」

小十郎殿が辛うじてそう告げると殺気立つ二人はゆらりと小十郎に迫る。
これは、昨日見た光景とある意味似ている様な・・・
というかこのままでは小十郎殿が殺されてしまいそうである。

「小十郎・・・てめぇがまさかな・・・」
殿を泣かすとは武人に有るまじき事!」

どうやら、たぶんと言わぬとも勘違いを為さっている二人。
私は慌てて小十郎殿の前に出て二人を止める。

「お、お二人とも!な、泣かされた等誤解に御座います!私はただ嬉しくて思わず涙が溢れてしまっただけで・・・」

そう申し出ると兄上様にぽんぽんと頭を撫でられ、幸村殿に片手を握られる。
理解してくれたのだろうかと思いほっと肩を撫で下ろす。
だが、それこそ思い違いであった。

「お前はcuteで優しい女だからな。小十郎を庇いたい気持ちは判る」
「え」
殿は優し過ぎる!某がやはり守ってやらねば」
「は?」

何だか全く見当違いな返答が返ってきて私は間抜けな声を上げ、放心する。
が、すぐに二人から再び立ち上る殺気に我に返ると冷や汗を流す小十郎殿を見て叫ぶのだった。

「佐助ぇ!御館様!!誰かこのお二人を止めて下さい!!」

数分後、少しボロボロにされつつも救出された小十郎が訳を話して何事も無かった様に刀と槍を収める二人が居た。