嗚呼、嫌な夢を見た。
あの女が醜い笑みを浮かべて私に言う。
「そなたはもはや女に戻る事は叶わぬ。家督をあの子から奪い男として生きる道しか」
何故、貴方にそう決められなければならぬ。
夢は続く、悪夢は続く。
私は、貴女の玩具等ではない。
龍を繋ぐは朱骨の楔
第二夜 悪夢より目覚める
あの女が消えて、再び見た夢は兄上の夢。
私は幼き頃からあの方だけを慕っていた。
敬愛すべき兄。
男として生きる道を行く事しか叶わぬかった私の唯一の光だった。
この方の為に刀を振るいたいと思った。
この方の天下の為に。
ただ純粋にあの人の強さに惹かれていた。
数える程しか話した事のなかったあの人に。
その為に強くなった。
その為に様々な勉学を学んだ。
なのにいとも容易くあの人は私を捨てた。
謀反。
母親が擦り付けた毒殺の罪。
それを背負わされた私はあの人に死ねと言われた。
腹を斬れと。
絶望に堕された。
唯一つの光によって。
誰も私の存在など認めてはくれなんだ。
だけど、求めた。
私を必要としてくれる人を。
そして、私は命からがらあの城から逃げ出した。
私は・・・伊達の名を捨てたのだ。
「・・・・っ!?」
そんな悪夢から逃げるように私は急に目を見開き覚醒した。
急に起き上がったせいか頭が痛い。
「あのっ・・・」
唐突に聞えた声に驚くが表情を変えずにその声の主を見る。
「ここは・・・?」
「甲斐の国。武田信玄様の居城にございまする」
「甲斐・・・あの甲斐の虎の・・・」
ようやく合点がいった。
どうやら私は逃げている途中に倒れたらしい。
そこで助けたのが武田の者だったのだろう。
しかし・・・
「この様子では正体はバレているか・・・一つ聞く、そなたが私の看病をしてくれたのか?」
「は、はい!!その・・・貴方様の事については誰にも他言はしておりません」
どうやらこの様子では私が女である事を知ったのであろう。
「そうか。ならば私が女であると知ったのだな」
「はい・・・・」
「その事、そなたの心の内に留めて置いてほしい」
すると女中は頭を下げて了承した。
「・・・承知いたしました。その、目覚めましたら知らせに来いと申し付けられているので・・・」
「ああ、手数をかけるが頼む」
「はい。それでは・・・失礼いたします」
女中が下がった後、私は急いで自分の来ていた衣服に手をかけた。
綺麗になっているのを見るとどうやら洗ってくれたのであろう。
ゆるいが身体にはしっかりとさらしも巻かれている。
さらしを一度外して、しっかりと巻き直す。
そして、黒い衣服に袖を通す。
この衣服は南蛮渡来のもので実に動かしやすかった。
袖は肩より無く、手から肘の上までは手甲のようなもので覆う。
下は袴、革靴。
全て色は漆黒。
黒を好むのも理由の一つだが、これはある人の喪の為。
「・・・こんな事で弔いになるとは思わないが・・・」
着替え終えて一息つくと同時に襖が開いた。
それもスパーンといい音をたてて。
「小次郎殿ぉおおおっ!?」
「は?え?は、はい?」
急に入って来た全身赤と称してもよい男に驚く。
むしろその気迫に。
「お目覚めになられたか!某、真田幸村と申す!道で倒れられていた小次郎殿をここにお連れして・・・
はっ!それを言いに来たのではなく。某は小次郎殿をお館様の元に連れてくるよう命じられたのでござる!」
「ああ、少し意味がわらなくなりそうであったが真田殿についていけばよろしいのか?」
苦笑めいてそういうと少し恥ずかしくなったのか真田殿は顔を紅くして「・・・その通りでござる」と申された。
真田幸村と言えば紅蓮の鬼と言われる猛将。
初めて見えたが噂とは違い普段は可愛らしい方なのだなと実感する。
私は真田殿に連れられて武田信玄殿と対面をすることになった。
まあ、ここで疑問なのが何故このように友好的なのかなのだが。
普通は初対面でここまで友好的ではないだろう。
これは武田軍の雰囲気というかなんというかそんなものに推されているからやもしれない。
「それでは小次郎殿よろしいか?」
「ああ、構わぬ。どちらにせよ対面せねばならぬまい?」
「そ、そうなのだが・・・では!お館様!小次郎殿を連れて参りました!!」
真田殿はどうやらこれが人間の出せる声なのかと言うぐらい大声でそういった。
すると中から声が響く。
「うむ!入れ」
「失礼いたします」
私はこうして甲斐の虎と合間見えることになるのだった。
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