「そう硬くなる事はないぞ。小次郎殿」
「いや、そう言われましても・・・それに私などにそんな敬称は必要ありませぬゆえ・・・」
優しく微笑まれるも目の前に居るはあの武田信玄。
誰が気を揉む事無く接する事が出来よう。
「そうか?なら小次郎よ。そなた何故あのような場所で倒れておった?」
武田殿と合間見えてから数分ようやく本題に入ったのだった。
龍を繋ぐは朱骨の楔
第三夜 穿たれし楔
説明し終えた私は一息ついて武田殿と真田殿の双方を見た。
説明と言っても女であるという事は伏せている。
まだ、話すにはしばらく間が欲しい。
あの女から解放されたといえ、今まで男として武将として生きてきた身である。
早々、女としてなど生きていけぬ。
でも、何となくだが武田殿が何かしら勘付いている気がする。
「そのような事が・・・」
「そうか。事情はわかった。しかし、小次郎はこれからどうするつもりじゃ?」
「特には考えておりません。とりあえず伊達小次郎と言う名は捨てるつもりです」
そう言い切ると武田殿と真田殿は顔を見合わせて頷いた。
私はどういう事か理解出来ぬまま双方を見る。
すると穏やかな表情を浮かべて武田殿が申された。
「小次郎。そなたさえよければ我が武田軍に身を置かぬか?」
「え・・・?」
唐突の申し出に私は驚き目を見開く。
まさか、そのような事を申し出られるとは思いもしなかった。
伊達家を出奔した身と言えど敵方。
そう易々と軍に身を置く等と言われるとは何と懐の広い方であろうか。
感銘を受けていると真田殿が付け足すように言葉を紡ぐ。
「元よりお館様はそのつもりだったのでござる。
小次郎殿は文武両道の聡明な武将と聞く。なればこの武田にぜひともと」
「私などでよろしいのでしょうか・・・・?」
今までこのように必要とされたのは初めてだった。
だから、嬉しさがこみ上げてきて真の出来事かわからなくなってきたのである。
「無論じゃ」
「某もぜひとも武田に来て欲しいでござる!共にお館様の御力となりましょうぞ!」
会って間もないものに何故か彼らは信用できると心が訴える。
そして、私にこの二人を守れと。
魂がそう私に告げる。
この昂りはあの兄に仕えようと願い夢見た頃と同じ。
彼らの心や器。
私は、その強さに本能的に惹かれ、慕っているのであろうか。
そんな思いを抱えつつも微笑んでくれる二人を見て私は嬉しさで涙を流した。
「なっ!?どうしたでござるか!?どこか痛むのでござるか!?」
「いや・・・嬉しいのです。真田殿。
今までこのように温かく求めてくれる方はいなかった。武田殿・・・いえ、これよりお館様と呼ばせてください」
「では・・・」
「はい。これより私は・・・・水無月華神と名を改めて武田に我が命果てるまで仕える事を誓いましょうぞ!」
かつての師であり、この黒装束の理由となりし恩師の名を告げて私は力強く告げた。
その言葉に力強く「うむ!」と頷いたお館様はその後、真田殿を退出させて私に問いを投げ掛けた。
「して、華神よ。そなたまだ、隠している事があるのではないか・・・?」
言われた言葉に私は流石、甲斐の虎と納得し、隠す事は無用だと凛とした表情を浮かべ顔を上げた。
「さすがお館様。やはり見抜いておられたか」
そういうや否や私は自分の事を全て話した。
隠し立てなど無駄な事。
なれば、洗い浚い話が最良だと。
女であると打ち明けた時は流石のお館様でも驚いた様子であった。
「そうか・・・辛かったであろう」
自身の事のように悲しまれるお館様を見て私は首を横に振る。
強がりではあったが半分は事実である。
兄を敬愛する事でどの様な事も耐えられたのだから。
「いえ、今となってはそれがあったからこそここに今の私がいるのです」
「一つ聞くが女としての名は・・・?」
その言葉に私は一瞬答えようが迷ったが素直に言う事にした。
「と申します。といっても父や母がつけた名ではありませぬが」
「そうか。しかし、女として生きる事は考えておらぬのか?」
「え・・・?」
「そちとて女として人生を捨てたくて捨てたわけであるまい?」
初めてそんなことを言われた私は驚いて目をこれでもかと言うほど見開いた。
だけど、今まで男として生きてきた私は今更どのように女として生きればよいのかわからなかった。
それならば男として、必要とされる武将として生きる方がよいと思ったのだった。
「私は武将として生きる事を望みます。護られるのではなく護り合いたい。それが私の望みゆえ。それに・・・」
「それに?」
「私は真田殿に拾われた身。なればあの人の為にこの命を使いたいと思います」
偽りなきその言葉にお館様は穏やかに微笑まれた。
「そうか・・・ならばそなたの好きにするがよい。ただ、わしと二人きりの時はとして呼ばしてもらうぞ?そなたの本当の名じゃからな」
その言葉に私は再び涙を零した。
「ありがたき幸せにございまする」
「いや、わしとて孫娘ができたようで嬉しいしのう」
そう無邪気に笑うお館様につられて私も笑みを浮かべた。
「さてとそれでは私はこれに失礼させてもらいます」
「ああ、そじゃった。今使ってる部屋はの私室として使うとよい。
女中もそのままつきにしよう。無論、女であることを他言せぬよう言いつけてな」
「ありがとうございまする。では、これにて」
頭を下げて部屋を後にした。
さて、自室に戻ろうと思ったときの事だ。
急にさきほど聞いたようなダダダダッ!という激しい足音が聞えてきた。
凄まじい音だと重いながら振り返ってみると後方から走ってきたのは真田殿であった。
「華神殿ーー!!」
「真田殿・・・?」
子供のように無邪気に微笑んで走ってきた彼の手には何か包みのようなものが。
一体何であろうかと首を捻りつつ改めて向き直る。
「お館様との話は終ったでござるか!?」
「終りましたが・・・」
「ならよかったでござる!某とよければ団子でも食わぬか?」
急な茶の誘いに私は驚いたがこの人らしいと思いながら微笑み了承した。
「これは美味」
「華神殿も気に入ったでござるか?」
「ああ、とても美味であるな」
率直な感想を述べると嬉しげに微笑む真田殿。
余程甘味が好きなのであろう。
そう思い、ふと思い立った事を尋ねようと思い、団子を一旦置き口を開く。
「そういえば真田殿は・・・」
「華神殿!」
「な、何か?」
言おうとしたことを遮られた私は戸惑い気味に答える。
「某の事は名で構わぬでござるよ?」
のほほんと呑気な笑みを浮かべてそう小首を傾げる姿に私は、呆気にとられる。
「・・・それが、気になっていたのですか?・・・では、僭越ながら幸村殿」
「なんでござるか!?」
名を呼び変えただけで犬が尻尾を振って喜ぶが如く近づいてくる幸村殿。
何とも愛らしい方だ。
「この身を助けていただきありがとうございます」
「ああ、その事でござったか!気にする事は無いでござる」
「だが、言っておきたかったのです。それと・・・」
「なんでござるか?」
まだ言葉を続ける私を不思議に思い、首を傾げながら見つめる幸村殿。
そんな幸村殿の手を掴み唇を寄せる。
「!?なななななっ!?」
「この華神。貴方様の為、この身朽ちるまで傍で御護りいたしましょう。
今、この時より永劫。貴方様と共に戦い抜き、生き抜きましょうぞ。幸村殿」
そう言ってほほ笑むと幸村殿は顔を赤くしつつも言った事を理解したのか頷いた。
それに満足した私は再び笑みを浮かべると幸村殿の手を離した。
するとようやく幸村殿は固く閉じていた口を開いた。
「華神殿!いいいいいい今のは!?」
「・・・?ああ、手の甲に接吻をした事ですか?なんでも異国の挨拶だそうです。親愛の情を込めるとか」
「そ、そうでござるか・・・」
まだ少し顔を赤くしている幸村殿を不思議に思ったがまあ察して気にする事なく甘味へと再び手を伸ばす。
それからと言うもの居住の場所や城中を幸村殿に案内されたりと何だかよく動いた。
部屋は幸村殿の左隣の角部屋になる。
最低限の家具が置かれたそこは私にとってはとても心地よいものだった。
今は私の世話をしてくれる事になった女だと見知っている侍女、凛が活けてくれた花を見ながら瞑想をしていた。
艶やかな花々に心表れる心持ちだ。
まるで新しい日々を祝福するかのように。
今までの事、これからの事。
色んな事が過ぎる。
けれど、私には今護るべきものがある。
だからきっと乗り越えていける。
月光に照らされた龍は静かにそう思うのだった。
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