「今日は卿に花を贈ろう。卿によく似合う白い花を」
差し出された花を見て戸惑うもそれを手にすると目の前の梟は微笑みを深めた。
攫われて数日が経った私は抵抗をついに止めた。
繋がれた鎖は余りに頑丈で抵抗した所で何もならない事を身を持って知ったのだ。
それに目の前の男――松永久秀は私をとても丁重に扱ってくれていた。
時に花を、時に菓子を、時に着物を、時に楽を。
日毎に送られる贈り物はどれも素晴らしいものばかり。
最初はそれは暇潰しの戯れかと思いもしたがそうではないらしい。
どうにも理解出来ない松永に視線を向けるが観察した所で判る筈もなく、溜息を吐いた。
龍を繋ぐは朱骨の楔
第二十夜 龍を囲う梟の胸中
貰った花を花器に活けると私はその様子を見守っていた松永に向き直った。
松永はそんな私を興味深く見つめて口を開いた。
「何か私に聞きたい事でもあるかね?」
「・・・何故、私に優しくするのか理解に苦しみます。
ですが、それ以上に何故、私なのかを教えて頂きたい。女人ならば星の数ほど居ると言うのに」
自分は男として育てられた事もあり、女としては不完全なのだと思っていた。
だが、この男は幾度も私でなければいけないと紡ぐ。
私などにそこまでの価値があるとは到底思えないだけに理解が出来なかった。
それをありのまま伝えれば松永は噛み殺した笑いをくつくつと漏らした。
小馬鹿にした様なその笑みに私は少し苛立ちを覚えて眉間に皺を寄せる。
「・・・やはり結構です」
「おや?聞きたいのであろう?」
「そんな小馬鹿にした態度で言われても腹が立つばかりです」
「それはすまない。私はこういう人間でね。気分を害したなら謝罪をしよう」
喰えぬ笑みを浮かべて飄々と告げる様に眉を下げると溜息を吐く。
この男は本当に喰えない男だと相手にする事すら億劫に感じるも挫けず再び私は口を開いた。
「で、答えて頂けるのですか?」
真っ直ぐ見つめる私を見て松永は愉快そうな笑みを浮かべて手招きをした。
これは答えてやるが近くに来いと言う意味なのかと一瞬惑う。
すると、松永は躊躇う私の手を掴み力強いその手で引き寄せた。
急に引っ張られたもので私はそのまま前方に倒れ込むが松永が鍛えられたその胸と腕で抱き止めた。
私は近過ぎるその距離に慌てて少し距離を取ると手を握ったままの松永が再び笑いを漏らす。
顔がかっと熱くなるのを感じる。
「な、何が可笑しいのです!」
「いや、あの紅蓮の鬼に抱かれている割に初心だと思ってね。根が純粋なのだな。卿は」
「な、何を真昼間から言うのですか!?第一、質問の答えではないではないですか!」
「ああ、そういえばそうだった」
判ってやっている癖にと思うと思わずどこか噛み千切ってやろうかという衝動に駆られる。
それに気付いたいのか松永はふいに皮肉めいた笑みを消し、切なげに微笑んだ。
「卿ならば私を真に理解出来ると思ったからだよ」
「え・・・?」
紡がれた言葉の意外さに目を見開くと松永は私の髪を優しく撫でた。
慈しむ様に愛おしそうに撫でるその手は何処か幸村殿に似ていた。
ここ数日会えていない為の錯覚だったのかもしれないがよく似ていた。
「卿は私に近しい人間だ。だが、限りなく私とは異質。
だから、酷く愛おしいと思ったのだよ。ああ、理解して貰おうとは思わない」
松永はそう言って瞳を伏せて自嘲する様に私はふと気付く。
嗚呼、確かにそうだ、と気付く。
確かな言葉で説明するのはとても難しいが直感、とでも言うのだろうか。
ただ、松永の言葉の通り私はこの男に近い人間であるのだと思った。
そう理解した途端、思わず瞳を伏せるその男の顔に手を伸ばした。
しかし、触れる後少しの所で我に返り、私は伸ばしていた手をきつく握り締め、手を引っ込めた。
何をしようというのだ、と己を叱咤する。
目の前の男は幾ら自分に善意を向けているとはいえ、幸村殿達に刃を向ける存在。
謂わば敵なのだ。
敵に情けを掛けた所でいつか自分のこの手で殺す事になるやもしれぬと言うのに。
私の甘さがこれ程までに愚かしいと思ったのは初めてだった。
松永はそんな私に気付いたのか伏せていた瞳を薄っすらと開けて再び髪を一度撫ぜ、その手を頬に添えてきた。
真綿で包まれている様なそんな柔らかな優しさとは裏腹に刀を持ち、人を殺すその手の感触をじんわりと感じ取る。
「卿は在るがまま居ればいい。卿は卿であるからこそ価値があるのだ」
「その言葉・・・昔、ある人に言われた事があります」
松永の言葉は昔、失くした師であった教育係の水無月を思い出させた。
同時に雪の日の彼の死を思い出して悲しみに瞳を染める。
すると、松永はそんな私に予想外の事を口にした。
「水無月華神であろう?奴の死を未だに引き摺っているのならば止めるといい」
「な、んで・・・?何で、その名を・・・」
驚きに悲哀で伏せた瞳を裂けんばかりに見開いて松永を見た。
松永は淡々と私に告げる。
「奴とは旧知の仲でね。卿の事をよく聞いていた。卿の為に死ねれば良いと常々口にしていたよ。
そして、奴は・・・水無月は卿の中で永遠を生きる事を欲したのだよ。その為に敢えて義姫に殺された」
「自ら望んだと言うのですか・・・?」
「余命幾許もない命を自らの望み通り叶える為にね。当時の私は馬鹿な奴だと思ったよ。
だが、それと同時にそれ程までに欲する卿に興味が湧いた。一体どんな女の中に水無月は生きたいと願ったのかとね」
嘘のない言葉に私は耳を傾け、沈黙を守った。
松永はそんな私を一心に見つめ言葉を続ける。
「しかし、今は水無月の気持ちがよく判る。卿の中で生きられるならばそれは至福だ」
「何故・・・?」
「さぁ、何故だろうね。だが、卿もその気持ちを理解する事は出来る筈だがね。
卿は自らその胸に紅蓮の鬼の楔を打ちつけ、繋がれる事を望んだ龍なのだからね」
それだけを言い残すと今日はこれにて、と言い残し、松永は部屋から去った。
残された私はただ、松永が出て行った戸を見つめ、考え込むばかりであった。
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