私は侍女たちよりも朝早く目覚めた。
長年の癖が出たからだろう。
女と知られぬよう私は出来る限り着替えなどは人に見られぬようにしていたから。
本当にあの時はそれをしなければならないと思ってやっていたけれど今となっては憎らしい癖。
あの人に縛られたままでいるようで気分が悪くなる。






を繋ぐは骨の楔

第四夜 触れた先から香るは貴方の残り香







「まだ暗いな・・・」

日が射したばかりだからだろう。
まだ、辺りは暗い。
朝露で濡れた葉を見つつ、外気の冷たい空気に肌を晒す。
肌の温度をひんやりと下げるその空気の心地よさに目を瞑って酔いしれているとふと隣の部屋から物音が聞こえた。

(確か隣は幸村殿だったはず・・・)

不思議に思ったはそっと幸村の部屋の襖に手を掛けた。
静かな音を立てて少し開けてみるとそこには見慣れぬ忍と眠りについている幸村の姿が見えた。

「旦那!いい加減起きてよ!俺はまたこれから仕事なんだからさ」
「うぬぅ・・・まだ、眠い・・・」

どうやら幸村の部下らしい。
その時、ふとその男の顔に見覚えがあることに気づいた。

「そなた・・・猿飛佐助か・・・?」
「・・!・・・アンタは伊達小次郎だったよね」

急に声を掛けられた事に驚いたのか猿飛佐助はこちらを慌てて見た。
どうやら私の事を知っているらしく憎き名を呼ばれた私は不機嫌を表しつつ訂正した。

「今は水無月華神と言う名だ。伊達の名は捨てた。聞いておらぬのか?」
「いや、聞いてたけどわざと言ってみた」

飄々と笑ってそういう佐助を見ては不快を露にする。
この男、まだ私を疑っているのだなと理解したのもある。
まあ、それが普通の反応なのだがと思いつつもやはり腹が立つ。

「あ。でも、ちょうどよかったよ。悪いんだけどさぁ〜
旦那のこと起こしてやってくんない。俺、今から任務があって時間がないんだよね」
「・・・人に仕事を押し付ける気か・・・?」

飄々と何を言うのだこの男はと第一印象最悪な猿飛を睨む。
が、猿飛はそれに怯む事もなく、入り口に立つ私の肩を叩く。

「まあまあ、そういいなさんなって。じゃあ、そういうことで頼んだよ」
「なっ・・・・猿飛!!」

その場から飛び立ち、そのまま塀の向こうに消えてしまった佐助を呼ぶが佐助は戻ってこなかった。

は溜息をつきつつもとりあえず幸村に向き直る。
すぅすぅと静かな寝息を立てて眠る姿は幼い子供のようにあどけない。
思わずそのまま寝させてやりたくなるが頼まれたものは仕方ないとそっと幸村の体に手を掛けた。

「幸村殿。幸村殿。起きて下さい」
「んぬ・・・・もう、少し・・・」

眼を擦り、眉を顰める幸村は再び布団に潜ろうと布団に手を掛けるがその布団はの手によって除けられた。

「もう駄目です。さあ、起きて下さい」

それでも中々目を覚まさない幸村。
それを見たはある種感心した。
何というか本当に子供のような人だな。
笑いが込み上げてきたのを堪えつつ、幸村を再び起こしにかかる。

「ほら、幸村殿。早く起きねば接吻してしまいますよ?」
「接吻・・・?・・・・・うわぁああああああ!?」

接吻という言葉に反応を示した幸村は顔を赤くして飛び上がった。

「ふぅ、ようやく起きましたか」
「あれ・・・?華神殿・・・?」

はっきりと目を覚ましたらしい幸村はきょとんとした表情を浮かべを見つめている。
そして、ようやく状況が飲み込めたのか幸村は再び顔を赤くした。

「華神殿。なななななぜ某の部屋に!?」
「猿飛佐助に起こすよう頼まれたんですよ」
「そうだったのか・・・で、でも、せせせ接吻とは!?」

嗚呼、それで顔を赤く染めていたのかと納得したは初心な幸村に悪いことをしたなと思った。

「あまりに起きぬので言ってみただけですよ。ご所望ならしてもよいですが」
「けけけけ結構でござるっ!!は、破廉恥なっ!!」
「ふふっ。冗談ですよ。それより早く着替えなくてよいのですか?」

その言葉にようやく幸村ははっとしてバタバタと動き出した。

「そ、そうであった!!」

は視線を外にやり、幸村が着替え終わるのを待つ。
すると急に背後から声がかかった。

「華神殿・・・・」
「幸村殿どうかされましたか?」

そっと振り返ってみるとそこには衣服を着終えた幸村がいた。
しかし、髪はまだ結われておらず。
鉢巻も巻かれていない。
不審に思ったであったがすぐさまピンと来たのか幸村に問うた。

「もしや結べぬのですか・・・?」
「う、うむ・・・普段は佐助がやっているゆえ・・・そ、その・・・華神殿・・・失礼とは思うのだが結っては下さらぬか?」

遠慮がちに恥らうようにそういった幸村にはにこやかに承諾した。
幸村の鍛えられた男らしい手から朱色の鉢巻と髪結いの紐を受け取った。
そして、すぐさま幸村に後ろを向かせて髪を櫛で丁寧に梳き髪を束ねていった。
剛毛かと思われた髪は意外にも柔らかく艶やかであった。
は思わずその触り心地に気持ちよさを感じつつ髪を束ねる。
幸村はというと後ろにいるを感じ、そのからふわりと香る甘い香りに心臓が高鳴るのを覚えた。

(そ、某は何を・・・華神殿は男でござる!恋情など抱くはずか・・・!)

幸村がそうぐるぐると思考に巡っているうちには髪を結い終えた。

「さあ、終わりましたよ」
「た、助かったでござる」
「いえいえ。それより顔が赤いですが大丈夫ですか・・?」

図星を突かれた幸村はどきっとするがそれを誤魔化す様にバッと勢いよく立ち上がった。

「大丈夫でござる!そ、某はこれから鍛錬がある為、失礼致す!!」
「あ、幸村殿・・・?」

ダダダダダッ!と凄まじい勢いで走り去っていた幸村を呆然と見つめつつは自分の両手を見つめた。
とても柔らかく綺麗な髪に触れる度に幸村から温かく優しい香りがしたから。

(あの方といるとこうも心温まるのは何故だろうな・・・)

答えの返ってこぬ問いに苦笑しつつ、朝餉を取ろうとは幸村の部屋を後にした。
そして、走り去っていった幸村はようやく落ち着き、鍛錬場までゆったりと歩き出していた。
ただ、その顔はまだ朱に染まっていて。
髪から香る微かな残り香に胸を高鳴らせていた。

(とても心地がよかった・・・明日も頼んでみようか・・・)

それが互いの恋情だと気づくのはまだ先の話であった。