「すまないな。皆より先に朝餉を頂いてしまって」
「いえいえ!お気になさらないでください。華神様」

にこやかに侍女が笑う中、ゆっくりと朝餉に口を付ける。
しかし、その中、唯一気になる事があった。

「うぉおおおおおおおっ!お館様ぁああああっ!」
「幸村ぁああああああああああああああっ!」

この叫び声の主はわかるのだが一体何が行われているのだろうか?






を繋ぐは骨の楔

第五夜 刻まれし強さは刺青の如く深く







「その、一つ聞いて良いか?凛」
「はい?何でございましょう?」

が遠慮がちに尋ねると凛は不思議そうな表情を浮かべて聞き返す。

「先ほどからの叫び声は一体・・・?」

朝餉を食い終えたは箸を置き、気になっていた事を口にした。
すると、きょとんとした表情を浮かべた後、凛は笑いを浮かべた。

「ああ!幸村様と信玄様の恒例の儀式のようなものです!」
「ぎ、儀式?」

は予想だにしなかった返答に奇妙な声を上げる。

「ええ。見てみればきっとわかります。まだ、しばらくは続きますゆえ、ご覧になられてはどうでしょうか?」

凛の提案には一度考えた後、見に行く事にした。
修練場の外でどうやらそれは行われているらしく、近づけば近づくほど声量を増す。

(素晴らしい声の大きさだな・・・だが、この城らしい風景なのかもしれんな)

何故だか変な感じとは思わず、むしろ微笑ましいとさえ思ってしまう。
そんな中、ようやく修練場近くについたは何が行われているかその目で見る事になった。
そう、そこには殴りあいながら互いの名を叫び合っている二人。
度々、飛びそうになる幸村を見てはぽかんとした表情を浮かべた。

「こ、これは・・・・」
「幸村ぁああああああああああっ!」
「お館さまぁああああああああああああ!」

目の前の殴り合いを見ながら素直にすごいなと感心する
だが、凛よ。
これを儀式の一言で片付けるとは女子としてどうなのだ?
ある意味肝っ玉が据わっている者が多い武田であるなと実感する。
その時、ふと幸村がこちらに気づいた。

「華神殿!?うおおおっ!」

よそ見をしていたからか軽く信玄の拳が当たった幸村は吹っ飛んだ。

「ゆ、幸村殿!?」
「うむ?おおっ!華神、昨日は良く眠れたか?」

が驚いていると信玄がこちらに気づき、笑顔を浮かべて近づいてきた。
ただ、幸村の事は放置なのだが。

「お早う御座います。信玄様。もちろん、よく眠れました。そ、それより幸村殿は大丈夫なのですか・・・吹っ飛びましたが・・・」
「心配無用じゃ。これぐらい」
「そ、そうなのですか・・・」

平然とした対応にはさすがに戸惑いを隠せなかった。
伊達でも何かと破天荒な事が多かったがここはもっとすごいのだなと思う。
とりあえず大丈夫だと言えど気になったは一言信玄に断ってから幸村の下へと向かった。

「う、うむぅ・・・油断したでござる・・・」
「幸村殿?大丈夫ですか?」
「華神殿!な、情けない所を・・・!」

幸村は頬を朱に染めつつ、慌てて立ち上がる。

「いえ、情けなくなどありませんよ。
鍛錬によく励んでいらっしゃるようで感心しました。それにやはり幸村殿は噂以上に強い武人だとこの目で見させていただきました」

は「本当に尊敬に値致します」とにっこりと微笑み褒め倒す。
その笑顔に幸村は再び顔を紅く染めた。
そんな中、信玄が何時の間にやら近づいて来ておりその様子を見ていた。
そして、急にこう言ったのだ。

「幸村、華神」
「お館様!?な、なんでございましょうか!?」

幸村は急に現れた信玄に驚いたように声を上げた。

も何だろうかと信玄を見やる。
すると信玄は思いもせぬことを言った。

「そなたら二人。一度、手合わせしてみてはどうじゃ?」
「手合わせ、ですか?私は構いませぬが・・・」

はそう言うと幸村をちらりと見た。
当の幸村は一瞬考える表情を見せたがすぐさま顔を上げる。
その表情は血が騒ぎうずうずとした楽しそうな表情。

「某、一度ぜひ華神殿と手合わせしてみたかったでござる!」
「ふむ、なら決まりじゃな」

まさかこんな事になるなどとは思って居なかったが。
刀を持ち、戦う者としては確かに幸村と一度交えたかった。
それゆえ、自身も血が騒ぎ笑みを浮かべてしまう。

(やはり龍の血ゆえか・・・いや、私の武人としての血ゆえにだ・・・)

はただそう思うと瞳に闘志を宿し、幸村と対面しあった。
周りは華神の存在を知らなかったものも居たため何の騒ぎだと人が集まる。
それを見た信玄は丁度良い機会だと思い声を上げた。

「皆の者、よく聞け!!今、この時より真田幸村と水無月華神の手合わせを行う!」

その一言により周りが騒ぎ出した。

「疑問に思っておる事に答えよう。水無月華神は先日、幸村が助けた者だ。その事より忠義尽くす事を誓いこの武田に入った。
その武士としての腕は真のもの。だが、そう簡単には信じられまい?そこで、皆にも子の場で華神の腕を見てもらおうと思う」

その言葉に幸村もも驚き目を丸くした。
だが、すぐさまは信玄の心遣いだと気づき幸村を見据える。
幸村もそれに気づいたのか真剣な瞳をに向けた。
信玄はそれを見計らってこう言った。

「それでは特と見よ!そして、その強さを目に焼き付けるがよい」

その声を聞いたは幸村に声を掛ける。

「それではよろしいですか?幸村殿」
「某はいつでも良いでござる!」

その言葉にはふと笑いを浮かべると次の瞬間には完全に笑みを消した。

「無論、手加減なしで」
「心得ているでござる。それでは尋常に勝負!」

幸村のその声を合図に二人は互いに間合いに踏み込んだ。
キィンッ!と交わり合う金属音が当たりに響き渡る。
火花を散らすほどにせめぎ合う刀と槍。
抜かれたの刀は通常より刀身が長く、刃が黒い。
互いに踏み込みを強めながら視線を交わらせた。

「変わった刀でござるなッ!」
「我が刀、黒椿が珍しいですか?・・・ですが、そのように余所見をしている暇などもう与えませぬ」

不敵に笑うとは瞬時に間合いを開いた。
そして、一度刀を鞘に納めるとそのまま走り出す。
向かうは一直線に幸村の懐。
幸村は防御の体制に入るが一瞬でが視界から消える。

「何!?」

驚いた幸村だか型は崩さない。
そして、その時、一瞬自分の上が暗くなるのを感じる。

「華水神明流一刀流奥義・水月!」

高らかに響いた声に幸村は瞬時に上を見た。
天高く上がったの肢体が花びらの様に舞う。
そして、鞘と刀を持ったが頭から落ちる。
するとそれと同時に黒い刀身が幸村目掛けて弧を描き落ちてくる。
幸村は寸前の所で避けるがすぐさま眼前に漆黒の鞘が目に迫り、横面を殴打される。

「くっ!」

やや怯んだと思うと次には背後に気配を感じる。
そこには逆手に刀を持つの姿。

「華水神明流一刀奥義・華香」

再び響く声と共に首を掻き斬るよう動きを感じ、すぐさましゃがむ事で回避する。
攻められっぱなしの幸村だったがここで攻撃を仕掛けた。

「うぉおお!!!千両花火!!」

幸村の槍がの腹部を襲う。
しかし、は刀身を腹部に当てる。

「華水神明流守奥義、華王繚乱」

刀身の緩やかな動きが攻撃の威力を緩める。
それは大きな牡丹の華が咲き乱れるように。
艶やかに鮮やかに攻撃を中和される。
は刀身に手を添えて、幸村を射止めるかのように構えた。

「華水神明流秘奥義・華天月地」

青き瞳が眼前に迫る。
幸村は受け止めようと動くがそこからは目にも止まらぬ速さで黒き刀身が迫って来た。
幸村の耳を掠め、髪が数本空を舞う。
そして、のが肢体を捻ると黒き刀身が今度は反対側を襲い、幸村は咄嗟に槍の刀身で受け止める。
しかし、その瞬間が中段を狙い刀身を翻す。
刃のない方の刀身がそのまま幸村の腹部を直撃した。

「ぐあああっ!!」

声を上げて幸村が遥か後方に飛ぶ。
そして、そのまま地に体をつけた。

「そこまで!!!」

その時、ようやく信玄の声が響いた。
は刀を仕舞うとすぐさま駆け出した。

「幸村殿!!大丈夫ですか!?周りが見えなくなってしまい思わず力を強く込めすぎてしまったのですが・・・!」

の顔が目に入るとゆっくりと体を起こし、地に座りこんだ。

「大丈夫、でござる。いや、負けでござるよ。まだまだ某も精進が足りませぬなぁ!華神殿!立派な腕、特と拝見させていただいた!」
「いえ!そのような事は・・・幸村殿とて強うございました。これ程まで剣術で押されたのは師匠以外初めてでございます。
これからもっと強くなられたならば私などすぐ負けてしまいますよ。御手合わせありがとうございました。よい勝負ができて嬉しゅうございます」

その言葉に幸村は少し照れくさそうに頬を掻いた。
そんな二人の周りはあまりの強さとその勝負の素晴らしさに皆口を開けて見守るだけであった。

「ふむ。これで皆にも理解してもらえそうだな」

信玄はご満悦な笑みを浮かべて二人を見守っているのだった。
これが初めて幸村殿と剣を交えた時の事。
今でも覚えているその強き槍の感触。
紅蓮の鬼とも言えよう気迫。
私に初めて刻まれた幸村殿の強さだった。