桜花が見せた幻想だと割り切れたならばよかったものを。
女を捨てきれぬ私は未だその幻想の中を彷徨う。
彷徨うていては、心迷っていてはいけないというのに。
龍を繋ぐは朱骨の楔
第七夜 真実と狂気が混じり溶けゆく
過ぎる想いを胸に私は何度も刀を振るう。
邪念を消そうと早朝より繰り返されているこの行為に終わりは来ない。
幾ら全てを振り切ろうとも浅ましくも醜悪な女の性ゆえに消えぬ想い。
捨てきれぬ自分の未熟さを恥じらい、今にも腹を切ってしまおうか。
このままこの想いを抱き続け隙を見せ続けることになればやがてこの軍の危機を呼んでしまおう。
武田の人々は心優しき者が多いから。
私は諦めにも似た溜息を吐くと流した汗に不快感を覚えて湯浴みをしようと湯殿に向かった。
そこで、まさかあのようなことになるとは思いもせずに。
「ふぅ・・・」
吐息を吐きながら着物をまた一枚と脱ぎ捨てる。
女ゆえの白雪のような肌に顔を一瞬歪めつつ手拭いを手に湯殿へと入った。
その時、だった。
予想外の出来事が起こったのだ。
「・・・誰でござるか?」
聞き覚えのある声。
否、聞き間違えるはずのない声に私は身を固まらせた。
それは紛れもなく幸村殿の声。
どうするべきかと焦る私だが頭が真っ白になり動揺する。
もし、別の誰かならばまだ姿が見えていないから誤魔化せたものを。
よりによって何故この人なのだと神の采配を恨んだ。
しかし、時一刻と猶予は減っていて。
ついに幸村殿がこちらへと不審に思い近づいてきた。
「誰がそこに・・・華神・・・殿か?」
名を呼ばれて思わず肩がぴくりと震える。
しかし、それに気づかぬ幸村殿は私の肩についに手を置いた。
「華神殿?どうかされたのか?」
幸村殿の頭には私の心配しかないらしく私の顔を覗き込もうとした。
それはもちろん私の体を晒す事となる。
私は絶望にも似た感覚に襲われる。
もう、逃げられなかった。
「華神・・・殿!?う・・・わぁああああああああ!?」
叫びたいのはこちらであろうに私の姿を目にすると物凄い勢いで後退り顔を紅く染め上げる幸村殿の姿があった。
幸村は信じられないのかもう一度寄って確かめようとした。
それを私は声で制した。
「見ないで下され!!幸村殿!!」
「華神殿・・・そなた、女子だったのか・・・」
ついに言われた言葉に私はその場に座り込む。
「騙して、いたことは謝ります。
しかし、私は幼少より母によって女の道を捨て男として生かされてきた。
今更、どのように女子として生きていく道がありましょう?戦うことしか知らぬというのに」
「華神殿・・・・」
「私は、それに女子というものが嫌いです。母と同じ女に生まれたという事の苦痛。
浅ましきあの女の血がこの身に流れていると思うと死を選びたくなるほどに・・・」
「華神殿・・・・」
「だから、見ないでくだされ。この穢れた身を。どうか、見ないでくだされ・・・」
消え入るように呟いた声。
このまま溶けて消えてゆけたならば。
それが叶わぬ事を知りながら頬を伝う雫を感じていた。
その時だった。
ふわりと後ろから何かに抱きすくめられた。
それはこの空間にはたった一人しか居なく。
私はその肌の温もりに顔をかっと赤らめた。
「ゆ、幸村殿!!お放しくだされ!!!」
「嫌でござる」
「お願いです!!穢れたこの身を貴方が触れてはなりません!!」
「嫌だと言っておろう。華神殿は怒るかもしれない。・・・けれど、俺は今凄く喜びに満ちた気分だ」
変わった一人称、予想外の言葉に私は瞳を大きく開けた。
いつもより少し低いその声に聴覚を集中させる。
「俺は、華神に恋情を、抱いた。女子だと知らぬ前から。出会った時から。だから、女子だと知って非常に嬉しい。華神の全てを奪えるから」
低くそれは幸村殿の中に居る男としての獣が目覚めたように感じた。
ゾクリと粟立つ感触に私はその腕から逃げようとするがあまりに強い力にそれは敵わなかった。
逃げられないと本能が告げる。
「華神・・・」
「な、んでしょうか?」
「女子としての名はあるのか?」
その最もな問いに私は一言だけ告げた。
「・・・」
「そう、か。それが華神の本当の名か」
そう告げると私は正面を向かされた。
そして、そのまま壁まで追いやられると両手を上に束ねられる。
惜しげもなく露わになった自らの肢体に羞恥を覚えて顔を紅くする。
「幸村殿っ!?何を・・・!?」
「。俺は、誰にもを譲りたくない。譲る気もない。どんな手を使ってでも。
多くの者にその身の秘密を知られる前に。俺は・・・そなたの全てを欲し、手に入れたいと望む。狂おしい程に」
狂気めいた言葉を聴きながら私はただ予想もせぬ事に固まった。
そして、それに気づいているのかいないのか。
幸村殿は私の首筋へと唇を這わした。
それはもう喰らい付くように。
「うぁ・・・はっ!」
自らの口から出た甲高い嬌声に驚く。
しかし、幸村殿はそれに笑みを浮かべると耳を舐めながら告げる。
「感じてくれているのか?」
「あぅ・・・んっ・・・・幸村殿・・い、けない・・・」
「何が、いけない?」
そう告げながら下へと舌を這わせて胸の頂の飾りを含む。
初めての感覚に敏感に体は反応していく。
「うあっん・・・!あ、だ、めだ・・私、などと、そのよ・・・んんっ!」
そのような行為をしてはいけないと告げる前に唇を塞がれる。
閉じた歯列を割って忍び込む舌が自身の舌と絡みあいなんとも言えぬ感覚を呼び起こす。
力が完全に抜け切ると幸村殿は唇を離して告げた。
「否定の言葉は聞かぬ。俺は、が愛おしい。
その身を手に入れる為ならば力づくでも構わない。何に変えてもだけは・・・誰にも譲りたくない。どうしても」
そう告げると額を合わせて焦点の合わぬ私の瞳を見つめた。
「。あの雨の日から俺はそなたの全てが愛おしい。
その俺の想いの全てをの体に刻みつけたい。逃げる事は叶わぬ。俺に逃がす気などないのだから」
それだけを告げると私の体を再び蹂躙し始めた。
溺れるような快感に瞳を閉じては雫を伝わせる。
卑猥な水音が湯殿に響き渡り、しばらくして私はその身の全てを犯され、汚された。
紅蓮の鬼に私は骨の髄まで喰らわれたのだった。
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