溺れ抱かれ貴方の腕で眠る事を幸福だと思ってしまうのは。
やはり浅ましき女の性なのだろう。
それでも残る心の虚は一体何なのだろうか。
龍を繋ぐは朱骨の楔
第八夜 鬼の涙に囚われ紐解く
女と知られて数日。
私はほぼ毎夜と言っていい程、幸村殿に抱かれた。
力一杯拒めばきっと幸村殿は再び私を抱くことは無かっただろう。
だが、拒む事など最初から無理なのだ。
心の根底に眠るこの恋情と言う人の性。
それがある限り、私には無理な話だった。
きっと幸村殿はまだ気付いてはおられぬ。
それだけが唯一の救いだったのかもしれない。
「殿」
思考を遮り響く聴覚を毎夜犯しつくす声。
それが日が高く上る日中に響き私は思わず肩を揺らす。
息をそっと吐き心を落ち着けて振り返る。
すると、そこにはどこか物悲しそうな幸村殿の顔があった。
悲しませているのはきっと私なのだろうと思う。
けれど、告げることなどできぬ。
私は平静を装ってそっと振り返り作り笑いを浮かべる。
「幸村殿。どうかされましたか?」
以前と変わらぬ声色、表情で幸村殿を労わるように優しく優しく。
しかし、その声色と共に幸村殿の表情は悲しみを増す。
「殿・・・某と共に来てくださらぬか?」
何故であろうかと思考に過ぎる。
数秒、思考を巡らせるが無下にすることも出来ずに素直に私は頷いた。
そして、向かったのはあの桜の木の下。
初めて交わした口付け。
その場所だ。
今や花は散り、葉桜となってしまっているが大木である為。
葉だけでも圧巻であった。
「幸村殿・・・私に何か用がおありなのですか?」
「・・・殿、そなたは何故某を咎めぬ?」
驚いた。
何を、告げられたのかわからない。
「幸村殿。貴方様を咎める理由がどこにありましょう?」
「何故、なかったことにしようとする?某は殿を辱めた。幾度となくこの腕に抱いて。
なのに、殿はまた某に笑いかけてくれる。何故だ?某は、非道な行いをしている。この想いを一方的にぶつけて」
「何を言っているのか。私めにはわかりかねます」
笑顔のままただ白を切り通す。
答えられるはずなど無いのだから。
断固として口を割らぬように凛とした姿勢で彼を見た。
その時、不意に幸村殿の表情が曇った。
そして、そのまま私はその腕に抱かれた。
いつものようにではなく、どこか頼りなさげに。
私はそれに驚き眼を見開く。
「幸村・・・殿・・・?」
問いかければ揺れだす彼の肩。
私の肩先に押し付けられた顔。
「何故なのだ・・・・」
「え?」
呟かれた言葉が耳に響く。
声は震えてか細くいつもの幸村殿ではなかった。
「何故なのだ・・・俺は、愛している。どうしようもないぐらいに。愛おしいっ!!
けれど、この想いは全て伝わらぬ・・・は心を開かないっ!!を俺はいつか壊してしまう・・・このままではっ!!」
「幸村殿・・・」
「俺は殿の心が知りたい・・・俺が全てを受け止めてやりたい。悲しませたくない。もう、何が何だかわからぬぐらい愛おしいのだぁっ・・・」
その双眸から雫が伝う。
激しい熱情と苦悩とを織り交ぜた雫がぽたりぽたりと幾度も流される。
溢れ出す想いを具現化したような雫に見入り、私の心は締め付けられる程切なく、苦しくなっていく。
何故か私も悲しくなってきたのだ。
どうしようもなく悲しくなってきたのだ。
まるで目の前の幸村殿の悲しみが移ったかの様に悲しくて、苦しくて、切なくて堪らない。
そして、気付けば口を開いていた。
「幸村殿・・・・泣かないで・・・?」
「、殿?」
幸村殿は何かを感じたように勢いよく顔を上げる。
そして、私の顔を見て今までにないぐらい驚愕の表情を浮かべた。
「私は・・・恐れていた。誰かに心から愛される事が無かった私は・・・
ただ、優しい貴方を恐れていた。優しい貴方の心、激情、色々なものを感じて触れて。失くす事が怖くなった。愛おしいとさえ思ってしまったから」
初めて曝け出す。
生まれて初めて心を暴く、紐解く。
「私は・・・許されるなら・・・愛したい。貴方を」
告げる事など出来ないと思っていた。
なのに、この人はいとも容易く私を暴く。
だから、告げずには居られなかった。
告げたと同時に。
私は優しい何かに包まれた。
それは彼の人の腕で。
私は涙を流し続けた。
「許されぬ事などない。は、もう自由の身ぞ?
、俺は殿を手放す事などない。絶対に。魂に誓おうぞ。俺はそなたを一生愛すと。この幸村の魂に」
嗚呼、もう逃げれない。
もう、悲しまなくていい。
そう思えた瞬間だった。
何もそこからは互いに言葉を紡ぐことはなかった。
ただ、優しい口付けを交わした。
まるで神聖な儀式のように。
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