その日は天使は朝から姿を現す事はなく、静かな一日が過ごせるに違いないと思っていた。
が、しかし、それは太陽が真上に昇った午後にとんでもない勘違いだったと思い知らされる。

「フェイタンさーん!!さぁ!今から外に出掛けますよ」
「・・・・・」






天使を飼い慣らす方法

episode5 天使の散歩







「・・・いきなり何様ね。私の有意義な時間を返すね」
「え?何言ってるんですか。この時間も充分有意義な時間ですって」

どこから出てくるのだその自信はと言いたくなるような満面の笑みで反論は返された。
何を言っても無駄だとそこで悟り思わず溜息を吐く。
今、私とは街へと出て来ていた。
も空中を漂わず地に足をつけて歩き、周りを物色している。
そのの格好が今日はいつもの黒衣と違った。
街に居る普通の女と変わらぬ衣服を身に纏っているのだ。
天使曰く「郷に入りては郷に従え」らしいが別にあの黒衣でも良かったのではないかと思う。
気分の問題だと本人も言っていたし。
今の衣服は黒のキャミソールに黒のジーンズを重ねたとてもラフな格好。
だが、普段見られない装飾品で着飾っており、普段と違い人間らしい印象が伺える。
こうしてみれば誰が人の魂を狩る天使だと思うだろうか。

「フェイタンさん。フェイタンさん。何思案してるんですか?」
「別に。そういえば・・・今、実体化してるという事は殴れるという事か?」

覗き込んできたを見て拳を作りじっと問い詰める。
は複雑そうな表情を浮かべる。
どうやら言葉の真意を理解したらしい。

「・・・あの、殴らないで下さい。そんな積年の恨み込めて一発殴らせろと嬉々して。嫌ですからね」
「一発位殴らせてもいいと思うけどね。いい経験よ」
「嫌です。そんな経験。それよりですね。見てください!拷問器具一杯!」

怪しげな露天で足を止めたとは思っていたがいきなり両手一杯に拷問器具を持って楽しそうに微笑む
・・・前言撤回。
街に居る普通の女ではなく、街に居る変態女に変更。
普通街で拷問器具を両手に持ち喜ぶ女は流石にいないだろう。
だが、その今までに見た事のない嬉々とした表情を見て思わず笑みが零れる。

「・・・その辺のレベルなら全部部屋に揃ってるよ」
「え!?じゃあ、帰ったら見せてくださいよ」
「勝手に見ればいいね」
「やったー!やっぱりフェイタンさん、いい趣味してますよねぇ。
私はコレクションしようとは思わないですけど見るのとするのが好きなんで楽しみです」

実に楽しげに拷問が趣味だというを見て思わずやっぱりこれは天使じゃなく悪魔だと思った方がしっくり来ると思った。
この姿を見て他に絶対天使だという人間が居たら見てみたい。
そうこうして色々な店を見て回る程、数時間。
休憩と言って引き摺られる様にして入ったカフェで紅茶を楽しむ。
まずまずな味にほっと一息を吐く。
は今にも蕩けそうだと言わんばかりに吐息を漏らし、朗らかにゆるやかに唇で弧を描く。

「人間の食料って何でこんなに美味しいんだろう・・・」

紅茶をまじまじと見つめて不思議そうに呟く。

「・・・天使の食料は不味いのか?」

天使と人間の食料の違いが存在するのを初めて聞いた私は好奇心から質問をする。
すると、はごそごそと鞄を漁りながら話す。

「不味いというか・・・いや、不味いですね。ほぼ無味無臭で栄養を補充できればそれでいい物ばかりですから。こんなのです」

そう言って見せたのは奇怪な文字が書かれたラベルが貼られたボトル。
手渡されたそれを開けると中にはタブレットの様なものが大量に入っていた。
匂いはなく確かに無味無臭らしいのが伺えた。
一粒取り出してみるが食料と言うよりは錠剤、薬と言った方がしっくりとくる様な物であった。

「サプリメントみたいなものか?」
「そうですね。人間界で言うとそれに近しい感じだと思います。一日の食料はそれ一個。
それだけで栄養が補充できるので便利なんですけど私は人間の食事の方が楽しいですね。五感が鍛えられて」

まあ、確かにこんなタブレットばかりでは味気ないであろう。
自分もそこまで食事に拘る部類ではないが食事は美味いに越した事はない。
が言った様に五感が鍛えられるのもあるから尚の事。
それにしても・・・

「人間の食事が美味いのは判るね。ただ、その異常なまでの個数のケーキを私の前で食すんじゃないよ。胸焼けがするね」

さっきから食べ続けているケーキの山の様な皿の数に思わず口元を押さえる。

「えーだってこんなに甘くて美味しいのに。
でも、まあ今回はフェイタンさんにお金出してもらってるから素直にいう事聞きます」

本当に珍しく人のいう事を聞くはテーブルに乗っていたケーキをぺろりと食すと「ご馳走様」としっかりと手を合わせて紅茶を飲む。
今日のは異常に聞き理由が良くて少々気持ち悪い。
が、まあ悪くはないと思った。
それからカフェを後にすると再び街を見て回った。
古書屋や武器屋。
様々な所を周り、気付けば辺りは星々が輝き瞬き始めていた。
それに気付き漸く帰路に着き始めた頃、ふいにが改まって告げた。

「今日はありがとう御座います。我が儘に付き合って貰いまして」
「気色悪い。いきなり素直に何あるか・・・?」
「失礼ですね。御礼ぐらいは言いますよ」
「無理やり外に引張り出した奴の台詞じゃないよ。まあ、もう気にしなくなてきたけどね」

本当に無理やり引き摺るように外出されたのを思い出すがまあまあ楽しめた一日を思い、笑う。
こんな風に誰かと出掛けたのは久方振り・・・否、初めてかもしれない。
趣味が合う者がいないし、自分のペースを乱されるのが嫌で外出も一人が殆どであって。
たまに一緒に誰かと出掛けても途中で合流という事が多く、こんな風に一緒に連れ立ってというのはなかった。
とは趣味が合うのもあって特に苦にならず楽しめたのだ。
もどこか楽しげにそれに釣られる様に笑って空を見上げた。

「それにしても今日は星が凄いですねぇ」
「天使が言う台詞じゃないような気がするね」
「まあ、そうですけど。天界ってのは本当は空の上にあるものじゃないんですよ。別の次元と言った方が正しいんです」

少し心持ち表情が翳る。
理由が何故だかよく判らないが次の言葉を待って無言でを見つめる。

「天界なんて全然綺麗じゃない。この人間界の方が数百倍も綺麗。綺麗事で上塗りされた天界よりも少々醜いぐらいがとても」

は少し駆け出し止まるとふわりと振り返り今までに見た事のない笑みを浮かべた。
満開の華の様な艶やかで鮮やかな笑み。
それはどこまでも幸せと喜びと嬉しさが入り混じった幸福の象徴の様な。

「フェイタンさん。本当にありがとうございます」
「・・・?何がね?」

何に対して礼を言われたのかよく判らず首を傾げ訊ね返す。
だけど、は笑いを漏らしただけで「気にしないでください」と言ってまた歩き出した。
紅い紅いルビー色の髪が夜空の下で舞い踊る。
その紅は以前よりも光り輝き色鮮やかな眩さを持っていた。



それは彼女が変わったのか自身が変わったのか。
(フェイタンさん。遅いですよ?)
(別にお前のペースに合わせる気はないね。)